ほとんどの読者が、経験したことのあるものごとについては、できるだけシンプルに描写したほうが良い。
ほとんどの読者が、目にしたことのないものごとを小説の中に持ち込むときには、なるだけ細かい的確な描写が必要となる。
ところが、この見きわめが、けっこう難しい。誰もが抱えている傷について、独自の痛みのように長々と語ったり、貴重な体験にもかかわらず、きちっと表現することもせず数行ですませたり、ひとつの言葉に過剰な思いを込めたりしてしまう。
優れた作品は、そのバランスが絶妙である。
優れた作者は、それ故に読者の視点を忘れない。
前記の文章は、出典は忘れたが、新人賞担当の編集者が、下読みのアルバイトをしている若い作家の卵へアドバイスするシーンだった記憶がある。
「せる」九十一号は、短編四作で構成されることとなった。最終稿(掲載稿)が、どのように改訂されているか、各作品の描写のバランスがどうなっているか、楽しみである。 (AI)
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