バレエにしか心地よい居場所を求めることができなくなってしまった。
人生の黄昏時を迎える日本人の男が、こんな心境を吐露するのは、鼻持ちならない言い振りであることは承知の上で、しかし、このことに少しなりと理解ある想像を及ぼしていただいて、皆様がそれぞれお持ちのバレエに関する記憶を寄せ集めていただかないと、稀有な主体による愛しい体験談をお目通しいただく意義はない。
ホームページを探せば、どんな季節でも、関西のどこかの公共ホールでどこかのバレエ教室の発表会が開かれているのを見つけることができる。それらはほぼ例外なく入場無料で、招待状を関係者から入手する必要もない。
観客が楽しむのでなくて、舞台の上の人が楽しむのだから、舞台の上の人が開催コストを負担する。
主役はバレエ教室に通う未成年の子供たち。出演者の親族友人など近しい人しか見にきてくれないのだから、その人たちに有料のチケットを手渡すのは、はばかられる。公共ホールの使用料は、入場者から料金をとらなければ、減額されることもあり、そのためにも入場料を無料にする価値がある。
係累が登場しなくても、また、技術がどんなレベルのものであっても、私はバレエであることゆえに充分楽しめることもあって、バレエ教室や公共ホールのホームページのスケジュールを定期的に点検して、発表会の情報を探すのが、月々の習慣となっている。
バレエが好きで好きでバレエ教室でレッスンを受けることはもとよりバレエに接してさえいれば、日々の泡が洗い流される。
平成二二年五月二四日。
いつものように、バレエ発表会案内を見つけるために、公共ホールのホームページを巡回していたら、兵庫県立芸術劇場のサイトで、この夏に英国ロイヤルバレエ団の「ロミオとジュリエット」の公演があり、出演者オーディションの参加募集告知の記事を発見した。
男性ニニ名、内カバー一名(番人・街人・僧など)。女性十一名、内カバー一名(街人・舞踏会の女性)。男の子ニ名が募集の内容。通行人的なエキストラのオーディションである。男性・女性・男の子のそれぞれ身長・胸囲・腹囲の衣装サイズ適合が選考条件として記載されていて、かつ、リハーサル・ゲネプロ・本番すべてに参加できることの当然の条件が加えられているが、これだけの条件ならクリアできるので、応募してみることにした。こんな機会は、そうそうあるものではない。
本日、バレエ教室のレッスンの前にレッスン着の黒タイツ黒タンクトップ姿になっての全身写真撮影を行い、履歴書を作成して、メールで申し込みを済ます。
むずむずします
受かったら、受かってしまったら、人生変るか、かも(笑)
六月ニ三日。
申し込んだオーディションの書類選考結果が合格であることのメールがあった。そのメールの最後に、こんな警告文が補足的に添えられていた。
「インターネットの掲示板・SNS・ブログ・ホームページなどに現場で知り得た情報(オーディションやリハーサル内容など)の掲載、写真を出すことは禁止します。」の注釈がついている。
ということで、
本日はここまで
七月一日木曜日
オーディション当日。
映画の日だったので、終日の休暇取得を自己決裁し、時間調整も兼ねて梅田で映画を見てから、おもむろに会場のある阪急西宮北口駅に向かった。
楽屋口の受付では、応募者と思しき方々が手持ち無沙汰にたむろしていた。日本人よりも欧米からの方が数多くいて、それも体躯が立派な若者ばかりで、場違いなところに舞い込んだかと気後れさせられた。定刻に受付が始まり、バックステージ・パスを頂いて、楽屋入りする。
入ってすぐの廊下曲がり角に廣田神社のミニチュアであるとの説明書きが添えられた神棚が備え付けてあった。公共ホールでこういうものを見るとは新発見だった。出演者や舞台スタッフ向けの食堂も設けられていて、評判どおりの素晴らしいホールに圧倒される。ダンスを始めて十年、この間、いくつかのホールの楽屋を利用したが、ここは、別格だった。
バックステージを抜けて、ホールフロアのピロティに出ると、すでに女性陣が整列されていて、バレエ団の首脳と思しき一行が列の前を行き来して、首実検をしていた。選考は、ただ応募者の外観を比較観察するだけだった。
男性陣も整列させられた。
バレエのレッスンでしっかり染み付いている立ち姿、足は四番ポジションにして膝を閉める、上体は、胸をそらすのでなくて肩甲骨を閉じることで胸を立てるイメージで身構えて、スタンバイした。バレエのレッスンで何度も注意されていて、そのおかげで、背筋は相当矯正されることとなり、今、先生に指摘されることなく、おのずと正しい姿勢を意識できる。
選考者一行は女性の列の最後尾の方まで進み、女性の選考が終え、男性の列に振り返り、私に接近してきた。
列の一番後ろに並んだ私が逆に選考の一番手になった。一行の中心にいた高齢白髪の女性が目の前に立って、ニッコリと目線を投げてくれ、おもむろに合格のカードを渡してくれた。瞬時のできごとだった。満面の笑顔をその女性に返したことだろうと思うが、その瞬間の私の反応は記憶していない。
選考終了後、選ばれた面々は、バックステージの、来た通路と別の通路へ案内された。廊下にはロンドンから空輸されてきた木製行李が並べられ、色も意匠もとりどりの様々な衣装が露出されていた。
男性陣は男性エキストラ用の衣装部屋に通され、私を含めた数人には、白のブラウスとその上衣とタイツと同じタイプの靴が試着の上、配分された。上衣は甲冑を布製にしたような重厚なものだった。役柄に応じて衣装は異なるのだが、役柄自体がわからないまま、ただただ、気分が高揚するだけだった。
その後舞台に案内され、出番と演技の説明が通訳付きで行われた。
舞台には大きな屋根付の御座が置かれていた。籠だった。その周りに同じ衣装を割り当てられた男たちが集められた。御座にはカーテンのようにベルベットのドレープが左右後方に掛けられて、濃茶一色の木枠の下には膝より低い高さに金属のポールが二本平行に渡してあった。ポールは、鉛のような素朴な色あいで、照明が当たっても、輝く心配はない。
その籠を担ぐ人足役が私を含む籠を取り巻く男たちの役柄だった。四人で一台の籠を担ぎ、籠の中の貴婦人を舞台に運び入れるのが仕事と日本人スタッフから聞かされた。
登場・退場のタイミングは、ポールの前を持つ一人をバレエ団の青年が務めるので、そのリードに付き従うだけでいいことから、メモを取るまでもなく覚えられるものだった。
籠は、御座の下のパイプの両端を四方の四人が膝のあたりに保持しながら、運ぶ構造で、屋根には彫刻も施されていて、中世の文化財そのものを模造したもののように思える重厚な代物だった。そして、困ったことは、籠の重さだった。
練習の一度目は、バレエ団の青年のさまに習って片手一本で持ちあげ、歩くことができたのだが、その一回のダメージで左手の握力が減ってしまい、2回目は、途中から右手も助力させて両手を使わないと持ち続けることができなかった。
なさけない思いにさいなまれた。幸いにも、この重労働は、都合一往復することとなる出番部分の回数の練習だけで終わり、次の群集の一人となるシーンの段取りと明日の集合時刻の説明を受け、人足役は本日の拘束から解放された。
「スィーユーツモロウ」
ブロンドの女性ダンサーが素敵な笑顔で声をかけてくれた。
重たいです、カゴ
Not Otsukaresama
But SeeYouTomorrow
ブロンドのおねえさんが声かけてくれました
本日のところは、以上!
ミクシー友達の奥さんから、彼女のママ友達の子供たち二人がエキストラに合格したことのコメントを私の日記欄に入れてくれた。謎掛けのような短いテキストに込めたメッセージを解読してくれていて、満足感に浸される。
七月二日金曜日
本日はお衣装つけて、本番舞台での通し稽古。衣装も重たかった。
その衣装を着用したエキストラ全員を囲ませて、進行責任者と思われる女性から、「NoSit、NoEat、NoSmoke、NoToillet。NoPhoto、カンパニーライトがある」と私にもヒアリングできる簡潔な表現でご法度を宣告された。
出番が終わったら、インミーディエットリー、遅滞なく、楽屋出口で出演料を受け取って、退場することを最後に警告されて、エキストラへの説明を終えられる。うわついているところを怖い教師からお叱りを受けたような状態にあったところ、スタッフから袋入りの新品ティーシャツを各人一枚配布いただいた。黒地に白文字でバレエ団の名前とマークとこの一連のツアーの都市名が、東京・大阪を漢字で、バルセロナをアルファベットで記載されたシンプルなデザインだったが、限られたメンバーが共有するスタッフティーシャツは、この稀有な体験を証明する貴重なお宝である。みなさんも表情がやわらぐ。
二日目になるとエキストラ同士顔なじみになって連帯感がかもし出されてくる。
欧米人が大多数だったが、バレエができる人がいないようで、控え室待機中に私がいたずらにしたピルエット・ターンで拍手喝采をいただく。
同じ籠担ぎチームでは、外見は日本人なのに、カナダから神戸大学に留学している中国人とイギリス人のハーフだというチェンという青年がいて、英会話のままならない私への通訳役を買ってでてくれた。
籠運びの片手持ちは断念して両手持ちで臨むことにした。自分だけ片手持ちできないことで役を降ろされるのではないかとの懸念もあるが、籠を途中で落としてしまう最悪の事態を避けるほうが賢明に思えた。スタッフに訴えて、別のエキストラと交代できれば、私には最も望ましいことだが、その訴えを誰にすればよいかもわからないし、わかったとしても、補欠と交代させられる可能性がある。クビだけは避けたい。
そんな懸念を察したのか、チェンは、私が重い籠を片手で持ち続けることができないことをリーダーのバレエ団の青年に相談し、途中で握り手を変えたりしなければ両手でもいい、の了承を得てくれた。
通し稽古では、始めから両手持ちにして無事に終了したが、腰が引けがちになるので、背筋に力をいれなければならない。掌は大丈夫でも腰はもつだろうか。
明日の本番まで、このまま私の肉体になにも異変が起こらないでくれることを楽屋口の廣田神社の神棚にお願いする。
帰りの道々で「インミーディエットリー」の単語がクイーンズイングリッシュらしいと思い起こし、インミーのミーに高らかなアクセントをつけてインミーディエットリーを頭の中で復唱した。
舞台上手は right side
舞台下手は left side
お客様から見ての右・左
ハケたあとはインミーディエットリー!
七月三日土曜日
早めに会場に到着したら、少年が一人ぼっちでエキストラ控え室前の通路に所在なげに立っていた。顔つきから計れば、小学生と中学生の境の歳の頃と思われる。男の子のエキストラに違いない。きっとバレエを習っているだろう。
「どこのバレエに通っているの?」と彼に尋ねてみた。
「ツルハラの○○バレエ」と、そこに通っていることがなにか選ばれた者しか行くことができないところであるかのごとく少年は自慢そうに答えてくれた。しかし、私は、聞いたことがない教室だった。
「ツルハラって?」
「泉佐野」
「へえ」そんな地名があったことを思い出す。「遠いとこから来たんやな」
会話の途中で、彼の胸のバックステージ・パスの表示が読み取れた。
ボーイ・カバー。補欠だった。出番があるのは、別の子だった。
男性のエキストラにも女性のエキストラにもカバーが選ばれているが、男の子も同様だったのだ。
「おかあさんは?」
「客席」
小学六年生だという彼は、上演中ずっと、バックステージの舞台中継用TVの下で待機していなければならない。
男の子役に選ばれたふたりは、ミクシー友達奥さんのコメント情報によれば、大阪市内の名前の通ったバレエ教室に通う知り合い同士である。それだけに、彼はいっそう一人ぼっち状態を強いられたことがわかった。
オーディションから三日間、子供役のカバーとして一行につきあってきたことになる。ふたりに事故が起これば、出番がまわってくるが、そんな不幸を祈るわけにもいかない。
待っているだけの時間だけが過ぎる。
ズボンに隠れている彼のフクラハギはどんなだろう? 爪先から足の甲のラインはどんなだろう? そして、少年のバレエに対する想いは、どれぐらい熱いものなのだろう?
成長の反抗期にあるだろうに、自慢げに教室の名前を答える口ぶりからは、親の薦めだけでバレエを続けている時期を越えて、バレエを習うことに誇りを持ち、あるいは人生の目標に昇華しているかもしれない。そうあって欲しいと思う。
出番はきっとあるよ。もっと大切な出番が。
バレエのスキルが比べられたわけではないのだから。
舞台袖の客席側のへりの位置に籠が配置されていた。劇中では、観客の記憶に残るかどうかも定かではない大道具だが、見えない場所で存在を誇示するものだった。パイプの持ち手にはベッドシーツ様の白布が埃よけのように掛けられていた。前日も前々日もそんな丁重な扱いを受けていなかったのに、本番は違うものだと思ったが、公演がスタートして、その理由がわかる。ダンサーの出入りの際にヒザあたりの高さにあるポールに突き当たらないように舞台袖の暗がりの中で目立たせる役割があるものだった。
その白布が剥ぎ取られて、いよいよ出番がきた。御座のベルベットの覆いが揺れて、御座の主が着席したことがわかった。後手の左側が私の持ち位置だ。客席からは、後手の後になる。
音楽が切りかわった。スローな音楽とかけ離れたリズムで心臓が高鳴る。ただ真っ直ぐ進行方向に頭と視線を固定させ、籠ができるだけ揺れないようポールの水平を意識して、背筋を伸ばして行進した。舞台中央で一度、籠を下ろして、御座の主を降ろし、籠を持ち上げて、下手舞台袖に運び入れた。
イメージしていた最悪の事態など起こることもなく、次の搬入出シーンも大過なく終えて、両家の若者たちの決闘シーンの出番に臨んだ。こちらは、群集の一人となって、舞台後方で右往左往するだけなので、楽しみにしていた出番だ。
舞台は市場である。まずは、男性ダンサーの町衆たちによる爽快な群舞が繰り広げられる。その踊りのさなか、舞台後方に組み立てられた大階段の上に酒ビンを片手にティボルトが登場し、ブラブラと階段を降りてきて、中段で酒を飲み干し、無法にも酒ビンを群集に投げ入れ、市場の空気を曇らせる。そして、マキューシオとの決闘に至る。
決闘シーンはフェンシング・ゲームのように剣を交わしながら、舞台左右をふたりが戦いの優劣を変えながら行き来する。市場に居合わせた街人たちは、息を飲んで見入るように、舞台の後方で決闘の動きに合わせて右往左往する。
動く背景だった。背景の一人として、舞台後方から舞台を見入ることができる。ティボルトとマキューシオの後方には客席の辺縁のない広大な暗黒。
こんなところに、立っているのだ。
マキューシオがティボルトの卑怯な剣の餌食となり、息絶えたかと思えば、何度も立ち上がる修羅場の演技を続け、崩れ落ちようとするマキューシオの胸にピン・スポットの照明が注がれている。私にも自分の体の中から頭の先に発光物が突き抜けた。
収斂する音楽とともにマキューシオが息絶え果てた。盟友の死を嘆いたロミオは、マキューシオの剣を拾い上げ、ティボルトに挑みかかり、今度は、ティボルトがロミオの剣の餌食となる。それが私の出番の終わりで、セットの隙間から舞台を退却した。
衣装を脱いで、次の三幕にも出番のあるエキストラ仲間に挨拶と握手をして、インミーディエットリーに楽屋入口に出て、待機していたスタッフから出演料と源泉徴収票をいただいた。
楽屋口を出ると、衣装をつけたままのティボルトが煙草を吸っていた。私と目が合って、口元をニヒルにゆがませ、やわらかなまなざしを作ってくれた。
公演のパンフレットを出演記念に入手しようとホールの外壁を伝ってホール正面入口から入場したら、ピロティのベンチに少年三人が並んで腰掛けていた。出番のあったふたりと泉佐野の少年だ。
観客の姿はないことから、幕間の休憩時間が終わり、三幕がスタートしていることがわかった。
少年たちは、客席で観客となっている親御さんを待っているのだった。親御さんたちは、今、ロミオとジュリエットの悲劇の舞台に夢中になっている。
こちらは、静かだった。音楽がない。
エキストラとして同じ舞台に上がって、オーケストラの音に今しがたまで身を包まれていたのに、劇場の扉の内と外にこんなに大きな場面転換があった。
不思議な立ち位置。
最後の三幕は始まったばかり。まだ、ロミオは死んでいない。
ベンチに並ぶ三人をアイフォンで撮影した。三人が三人ともピースサインと笑顔を向けてくれた。
ふたりには、コメントをくれたミクシー友達の奥さんを通じて画像データを提供することができるだろう。泉佐野の少年には、鶴原の教室にデータか現像を送ってあげよう。
泉佐野の少年がふたりと友達になったのかどうか、尋ねることができなかった。
「インミーディエットリー」と自身に声を掛けて、そそくさと西宮を後にして、週二回通う寺田町のバレエ教室のレッスンに遅刻することなく参加できた。月末に門真のホールでの発表会が控えている。しっかり踊り込んで、舞台を迎えよう。
籠運ぶ人終了
マキュー塩とともに発光しました
樹理エットとは舞台でもバックステージでもすれ違うこともなかったのが残念
それから約半年後
ロイヤルバレエ団の「ロミオとジュリエット」の東京公演の録画がNHKで放送された。
籠はニ台だったので、キャピロット家の奥様かモンタギュー家の奥様かどちらかを担いでいるのだろうと思っていたが、どちらでもなく、ロザラインだった。ジュリエットに出会う前のロミオあこがれの美女である。
南無帰命頂礼、
今こそロザライン姫が明眸にかけ、
高々と聳(そび)ゆるオデコにかけ、
紅なす唇にかけ、さては
かの美(あで)なる足音、
直(すぐ)なる脛(はぎ)、
わななく深股(ふかもも)、
ついでには、かの辺りの禁断の内庭にかけ、
いでや、真の姿を現わしおろうぞ
……中野良夫訳・マキューシオのセリフから。
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