物、物、物の怪   はまなかきみ



 先日、遊びに行った友人宅が立派な一軒家だったので、広いおうちで良かったねえ、と素直に言ったら「どこがいいのよ!」と彼女はむきになって怒った。
 友人は最近、夫の実家で暮らすことになった。一人暮らしだった姑が亡くなり、夫がそこに住みたいと言ったらしい。
「あれを見て」と友人が指さすところには大ぶりのダイニングテーブルがあった。ダイニング……なのになぜかそのテーブルの上には大量の観葉植物が置かれていて、虫も数匹飛んでいる。食卓に花を飾っているつもりだろうか。だが葉っぱの生い茂った鉢はテーブルを占領していて、そこで食事をするスペースはない。
「あれもすごいけど庭も怖いのよ。もうジャングルみたいなんだから」私たちしかいないのに友人は声をひそめる。
 花がついてない植木鉢は廊下や玄関にも点在していて、何度か処分しようとしたが、彼女の夫が「オカンの形見や」と言っては置いておくように指示するらしい。見回すと、友人の趣味ではない物がこの家には溢れている。「仕方がないからダンナがいないときに小さい物から捨ててやるの」そう言って彼女はクククと笑った。
 友人は、いつも姑に振り回されていた。介護の泣き笑いも経験した。葬儀には私も参列し、これで友人の苦労が終わったと、そっと喜んだ。しかし「姑の物」との格闘はここから始まったのだった。
 家のいたるところから出てくる誰だかさっぱりわからない写真の束、本体のない取扱説明書、四十年前の木製の乳母車、家計簿とは名ばかりの人の悪口ばかり書き連ねたノート。金ピカの額縁に入った作者不明の油絵、巻物、大小さまざまの人形、キッチンには古めかしい食器にフライパン、行平鍋、おでん鍋、チーズフォンデュ鍋、タコ焼き鉄板、天ぷらグッズ、流しそうめん器およびお玉など調理器具(しかし息子である夫はこの家で、チーズフォンデュも流しそうめんも食べた記憶がないらしい)。銀行に貸金庫も持っていたそうだが、中からは大量のレシートが飛び出してきたという。
 姑の荷物はひとまず二階にまとめたというので見せてもらった。二十畳ほどになるかという続き部屋が、ぎっしり物で埋め尽くされている。奥には巨大なタンスがあり、窓の前には段ボールが積み上げられている。これでは雨戸も開けられない。
 おびただしい量の段ボールの中身についてたずねると「姑と、それから会ったこともない死んだ舅の衣類、衣類、衣類!」だそうだ。
 最近はお目にかかれないごっつい肩パット入りジャケットや、総レースワンピース、金ボタンにヒョウ柄の衣装。キツネの顔のついた襟巻き、まだらにはがれたクロコダイルのバッグ。少し覗いただけでもこの品ぞろえ。それにしても、高価な値札がついたままになっているものが多いことが気になった。そのことを言うと友人は「そうなのよ!」と私の腕をつかんで激しく振った。
 この家に越してきた日のこと、ポストに駅前のブティックから姑宛の請求書が入っていた。その額なんと十万円。
 しかたなく友人が払いに行くと、バッチリ化粧のマダムが出てきて、親しげにソファーを勧めてきた。姑の死を伝えると、マダムはお悔やみの言葉を口にしながら、コーヒーを出してくれたという。
「お姑さんとは、いつもここでおしゃべりしてたんですよ。仲良しのお友達がいなくなって寂しいわ」
 近所では諍いばかり起こして、口を開けば人の悪口しか出てこなかった姑は、マダムに数時間、話を聞いてもらうかわりに、高価な洋服を買っていたのだろう。
「お嫁さんの話もよくされてましたよ。あなたも苦労したでしょう?」
 意味ありげにマダムがほほ笑むと、生前の姑に言われた嫌みが聞こえてきた。――女が働きに出るなんて。浮気でもしたいの? 色気づくより家のことをちゃんとなさい。
 怒りがフツフツとよみがえる。このマダムはいろいろ聞いてるんだろうな。そう思うとぞっとして、さっさと十万円を支払って、逃げるように店を出たという。

 この友人だけではない。他にも片づけられなくて悩んでいる人を知っている。
 掃除のできていない汚い部屋のことを「汚部屋(おへや)」と呼ぶのだと辛そうに教えてくれた知人男性は、会社員をしながら両親と汚部屋で住んでいる。どの部屋も物が散乱して足の踏み場がないらしく、二つある大型冷蔵庫には腐った食料品が詰まっていて、お中元、お歳暮は干物や果物でさえ開封すらせず何年も積み上がったままでひどい臭いがしているという。掃除をめぐる喧嘩が絶えないそうだが、七十代の病院通いをしている両親を捨てて今さら家を出て行くわけにもいかず、こんな自分は一生、結婚も無理だ、と彼は嘆く。
 また別の男性は、高級住宅街にある、母屋と離れと庭のあるような、かつては立派だった古い実家を一人で相続したが、間もなく長期入院することになった。その直後に折からの大型台風で、母屋の屋根が派手に落ちた。消防署や近所の人は大騒ぎだが、本人は闘病中で動きが取れない。そうこうしているうちに家の中まで雨風にさらされ、これもまた荷物が多くて家一軒、丸ごとゴミのような状態になってしまった。しかし彼が相続したのは家とわずかばかりの現金で、入院中の彼に取り壊しにかかる費用など出せるわけもない。風が強い日にはその家からいろんなものが飛んでくると近所の苦情が絶えないそうだ。早く取り壊せばいいのに、と思ってしまうが、男性は両親の遺品に他人が勝手に触ることを許さず、何ぴとの立ち入りも拒み続けているのである。

 さて、先ほどの友人の家から帰ってきた私は、そそくさと昔の日記や手紙類を処分した。将来、自分の息子に読ませるのも気が引けるが、まだ見ぬ息子の連れ合いの手を焼かせてもいけない。
 まだいつか履ける日がくると思っていた細身のジーンズ、ずっと捨てる勇気のなかったスパンコールのついたボディコンも、この際、捨ててしまおう。思い出にと取っておいた抜けた歯も、人にしてみれば気味が悪いだけだろう。十代のころからつけていた家計簿も飲み代ばかりが書いてあり、恥ずかしくなってゴミ箱に入れた。
 たくさんの物を短時間で捨てた。自分でもまだあまり死ぬ気はしないが、いずれは片づけがおっくうになるのはまちがいない。
 とはいえ、新しい物や高価な物を多く所有する人に、あこがれを抱くときもある。自由に車や家具を買うことのできる人が幸福だと考えることもある。しかし、どんな物も古くなり、ほとんどの物はやがて使われなくなる。押入れの奥に追いやったところで勝手に消えてくれるわけじゃない。自分が死んでも物は残り、生きている者の生活を圧迫する。すると、誰かがその処分をしなければいけなくなる。現在、各地に次世代へ残してはいけない課題があるが、物についてもほんの少し、個々人が考えることができたら、将来残された身近な人の悩みが、そして社会全体の問題のいくつかが、軽くなるのではないかと私は思う。
 生きているうちは最低限、つつましやかに暮らし、いずれは跡を濁さず煙となって消えていきたい。そんなことを考え直すにも、今はふさわしい時期ではないだろうか。


 

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