編集後記

 最近、江戸時代後期の画家、田中訥言にはまっている。たまたまネットで彼の代表作の屏風絵二点が名古屋の美術館で公開されているのを知った。
 これは観ておかずばなるまいと、週日の午前中に新幹線で名古屋まで行った。なるべく人に邪魔をされずにゆっくりと観たいと時間を選んだことが幸いして、観客も疎らである。しかもお目当ての屏風絵は展覧順序の最後の方だから、観るのに疲れた人たちはちらと目を遣るだけで、足早に通り過ぎる。名前もほとんど知られていない画家なので、尚更である。まさに独り占めの状態で心ゆくまで鑑賞した。
 屏風絵の一つは、昔の説話集から十一場面を取った六曲一双のものである。土佐派に学んだ画家らしく、純然たる大和絵で色鮮やか、線描も美しい。
 もう一つは、四季の草花を百種類近く配置した六曲一双の屏風である。これは前者とは対照的に、写実に徹した描き方で、輪郭線なしで直接絵の具を塗る、いわゆる没骨(もっこつ)法。尾形光琳の燕子花図屏風に見られるデザイン的要素は全くなく、円山応挙ばりの真写である。
 全く傾向の違うものを描こうとする彼の中に、流派を越えて絵を追求した姿勢が見て取れる。 (よ)

 


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