「そろそろ、課題小説をやりませんか」
某日、谷町界隈のお好み焼き屋にて。せるとは別に属している文学創作集団(というほど格好いいものじゃない)での合評会終了後のことだった。
ビール片手に主催者KS氏がメンバーに呼びかけた。
「次回の合評作品出す人いないし、ここは久しぶりにみんなで書きましょう」
この会では提出作品がない時、課題を決めて各自原稿用紙十枚の小説を書いてそれらを合評する。場つなぎの遊びみたいなもんだ。どうせ書くのなら、ちゃんとした小説を書けばいいのにという気もするが、これが誰からも反論が出ない。
たぶん、理由はこうだ。まずは、十枚という長さが適度だから。一ヶ月あればそれなりの掌編が書ける。次に、みんなで同じ条件を設けて書くのが興味深いから。他の人と違う物を書こう、違う発想をしよう、そして、みんなに感心してもらいたい。そんな矜持や競争心がメンバーの表情から窺い知れる。
課題の内容はその時によって変わる。例えば、「『プラスチック爆弾』『メニュー』『レインボー』を使った三題噺」いかにしてキーワードを内容に深く組み入れていくかが、腕の見せ所だ。
「最強というテーマで書く」独りよがりではなく、読者に最強を感じさせる事象を描かなければならない。
「桃太郎が犬・猿・雉と出会う場面を描く」キビ団子くださいな、鬼の征伐についてゆくならあげましょうの件りを、風景や心情の描写を交えて十枚に書き連ねる。
同じ条件のもとで書いても、不思議として一つも同じような小説は出てこない。それは、書き手側から見れば適度なプレッシャーになり、読み手側にしたら発見の楽しみになる。切磋琢磨し個性を発揮する場として、課題小説はみんなに受け入れられていた。
「今回はどういう課題にする?」
「手っ取り早いところでお題小説かな」
焼きソバや豚キムチを食べながら建設的に話は進んでいく。
「今、六人いるから、一人一つずつキーワードを出して、三つ選ぼうか」
「いっそ、六題噺でやったら?」
この何気ない私の一言に場はしばし沈黙。しかし、誰も異議を唱える者はいなかった。それどころか、結構みんな乗り気状態。
「マジ? やっちゃう? やっちゃう?」
「いいんじゃない」
「はい、じゃあ、各自一つキーワード考えてー」
あれよあれよと、六題噺をやることに決定。
しかし、ここからが正念場なのだ。記入用紙代わりの箸袋をにらみながらキーワードを考える。
固有名詞だと小説が書きにくくなる。なるべく、意味が幅広く取れ、話が膨らみやすく、つぶしが利くようなキーワードがいい。ぜいたくを言えば、プラス独創性とセンスの良さ。
しかし、考えれば考えるほど単語が頭から逃げていく。考える時間はもうない。早く決めなければ……。真っ白な頭に浮かぶのは、判決を言い渡そうと木槌を持ったスノークの姿(スノークとは小説・アニメ「ムーミン」の話に登場するキャラクター。私の決断はスノークに任されていることになるのか。なんて単純で底の浅い心象風景)。
私はとっさに「ムーミン」と箸袋に書いた(スノークよりもムーミンの方が有名だから)。記入用紙が回収された後、ハッと気づく。やってしまったよ。一番タブーな固有名詞キーワード書いちゃった。
主催者KS氏は集められた六枚の箸袋を手に、声高らかに読み上げる。
「では、一つ目のキーワード『捕虜』これ、誰?」
和尚KM氏が周りの反応をうかがうように手をあげる。なぜに捕虜? どこから発想したの? ドラマ「不毛地帯」のシベリア抑留シーンでも思い出したのかしらん。この単語、物語の設定を狭くしそうで不安。
『四回転』これは歴史好きなM嬢。キター、どうにでも使える単語。でも、意識していないと使うのを忘れてしまいそう。条件をクリアするためだけにチョイ出しするのも嫌だし。……そうか、彼女、フィギュアスケート好きだもんなぁ。今や世界は四回転ジャンプの時代だもんねぇ。
『理科室』不肖我が夫のキーワード。前から理科室カフェをやりたいって言ってたもんな(自分でお金貯めてから開業してください)。いやいや、場所単語は結構手ごわい。舞台として使うと安易な気がするし、かと言って小説の内容に組み込むには使い勝手悪そうだし。どう処理しよう。
『ハーレム路線』主催者KS氏。このキーワードは単語として使用しても良いし、作品の方向性として使用しても良いとのこと。さすが主催者、考えが行き届いている。そして、この発想。さすがライトノベルズの王。一般作者にとって使いやすいのか使いにくいのか分からない単語だ。
『ロイヤルストレートフラッシュ』当会きっての男前(または、くの一)Y嬢。こんな単語、よくスラリと思い浮かんだなぁ。オシャレ感があるよね。でも、トランプ以外にこの単語使用するかしら? 必殺技はロイヤルストレートフラッシュ!……ってプロレスっぽく使う?(発想が貧困ですみません)
そして、愛しの『ムーミン』
「えー!?」「固有名詞、使いにくい!」「それ、ダメでしょ」と即座に文句殺到。私は開き直って自分を援護する。
「そんなことない。ムーミンは形容詞風にも比喩にも使えるもん」
「ムーミンみたいな体型とか、あだ名がムーミンとか安易過ぎるんだって」
とあっさり否定された。そういえば、中学時代に一人、高校時代に一人、ムーミンって呼ばれてた友人がいたなぁ。庶民的で普遍的でいいじゃないの。
「そんなこと言ったら、理科室だって場所限定してて使いにくいっしょ」
仕方ないので夫を責めることにした。話をすり替えてしまえ。
「まあまあ」
主催者KS氏が仲裁に入る。
「じゃあ、みんな目つぶって。一番使いにくいキーワードに挙手」
三十歳を過ぎた大人たちが真剣に目をつぶって手をあげる。傍から見たら滑稽だろうな。
結果は『ムーミン』と『理科室』が同票で使いにくいキーワードに選ばれた。夫婦揃って使えん奴らだ。
一つの題目に基づいて創作し披露するという行為は、平安時代に宮廷や貴族の屋敷で行われた歌合に端を発する。「春」について詠む。「忍ぶ恋」について詠む。そんな高雅で有閑な遊びの精神は千年経った今でも私たちの中に流れていると思うのだ。だから『ムーミン』について詠んだっていいじゃないか。大事なのはその精神なんだから。
というわけで、その精神に基づき、現在、六題噺を作成中である。夫はもう書き終えようとしているが、残り一枚にして『理科室』が使えずに残っていると言う。やっぱり、使い勝手悪いんだ。
私はと言うと、『ムーミン』はばっちりマスコットとして、『理科室』は安直だけど場所として使う。舞台は学園。ちょうど学園祭の準備中。女主人公は学園内の勢力争いに巻き込まれ『捕虜』として「不思議の国のアリス」の出し物に参加。トランプの兵隊は『ロイヤルストレートフラッシュ』で、彼らは『四回転』ジャンプの特訓に励んでいる。トランプの兵隊を男ばかりにすれば『(逆)ハーレム路線』の出来上がり。これで六つのキーワード全部使ったぞ(チープな学園物ですみません)。
ただ、この小説、完成すると十枚を軽く超えてしまうのだ。やっぱり精神だけじゃダメか。残念。
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