鬱 積    上月  明


                 

 青い空に白い雲が浮かび、その下の地上に精神病院の白い建物が、荒れ果てた畑に囲まれた真ん中に、ぽつんと建っていた。畑といっても肥沃な土ではない。戦後に原野を開拓したのか赤土だった。建物はコンクリートの三階建で三棟が並び、その側には冷たく光る真っ青な水を湛えた大きな池が口を開けている。
 何年か前までは、入院病棟の各窓に鉄格子が取り付けられていたが、人権という言葉が世の中を支配し始めると、先進的な病院のイメージを打ち出すためか、鉄格子が取り払われていた。ただ窓が開け閉めできるのかどうかは、建物を外から見るだけではわからない。
 今日は妻の通院日である。病気の始まりは息子が生まれたときだから、妻が二十八歳だった。もう二十五年になる。
 駐車場に車を止め、病院の玄関に向かって歩いた。空を見上げると数匹の赤トンボが秋風に乗って泳いでいた。妻は後ろから、押し黙って静かについてくる。他のことを考えていると、妻が一緒であることを忘れてしまいそうである。
 結婚前は、この女と一緒になりたくて、毎日口実を見つけて電話をかけた。目が大きく肌の色が白くて綺麗な女だった。頭の中はいつも彼女のことでいっぱいだった。
私が二十八歳、彼女が二十五歳のとき、ふたりは結婚した。新居はアパート住まいも考えたが、家賃を支払うならローンを組む方が得策だと思い、貯金と借入金で中古住宅を購入した。
 この時期に、税理士資格も取得して、私は有頂天になっていた。勢いで勤めている会計事務所を辞めて独立した。お金を沢山儲けて、ローンを早く返済したいと思った。
 新婚当時のことが思い出される。
「わたし、妊娠したの……」
 妻の突然の言葉に顔が強ばった。彼女の表情には笑みが浮かんでいた。
「今は無理だ。会計事務所を独立したばかりで、固定客も少なく事務所経営は厳しい状態なんだ。君もわかっているだろう」
 妻の顔から笑みが消えていくのがわかる。
「産んではいけないの……」
「そんなことは言っていない。今は厳しい状況なんだ。この家のローンもある。申し訳ないが、今回は中絶してくれないか」
 妻の前で、両膝を着いて頼んだ。
「……そんなの。いや、いやよ!」
なかなか承諾しない。何日も話し合った。拝み倒して渋る妻を、産婦人科へ連れて行き中絶させた。ショックだったのか、妻は近くの寺へ、毎月の命日に水子供養に行くようになった。
新婚生活は楽しいはずなのに、中絶してからは家の中の雰囲気が変わってしまった。妻は必要なことだけしか喋らなくなった。私も後悔の念がなかったわけではない。妻への後ろめたさを引きずって毎日職場へ向かった。
会計事務所の経営を軌道に乗せるため、会社回りをして仕事をもらった。税務署へ提出する申告書類を、深夜までかかって作成した。
 仕事でデパートに寄ったとき、事務所へ行こうと同じ階にある子ども服売り場を通った。ベビーカーに赤ちゃんを乗せてベビー服を選んでいる若い女性や、何とか歩き出した小さな子どもの手を引いて買い物をしている母親の姿を見たとき、妻に中絶させた胎児のことが頭に浮かんだ。今まで味わったことのない侘しさが滲み出てきた。
 胎児が生まれていれば、よちよちと歩くぐらいに成長していただろう。子どもがいない家庭は寂しいと思った。自分が高齢になったとき、何を生き甲斐にして生きていけばいいのだろうか。妻とふたりだけの生活は味気ない。健康な赤ちゃんを出産するには、少しでも妻が若いときのほうが良いのでは……。
「会計事務所も軌道に乗ってきたし、子どもをつくらないか」 
 私は妻に腫れものでも触るように優しく言った。
「おろした赤ちゃんに申し訳ないから……」
 そう言って、妻は話に乗ってこなかった。何回か説得しようとしたが、聞く耳を持たない。妻が反対すればするほど、子どもがほしいと思った。
 納得しない妻に対して、妊娠しそうな時期に、肉体関係を迫り、いやがる妻に避妊するからとセックスを強要し妊娠させた。
「人でなし! 鬼! 畜生!」
 妻は私に罵声を浴びせた。
「騙して妊娠させて……女をなんだと思っているの。赤ちゃんを産む道具だとしか考えていないんでしょ……あなたは人権を無視した最低の人間!」
「…………」
 反論の余地はなかった。ただ黙った。嵐が通り過ぎるのを待つ思いだった。
 心配していた「中絶」という言葉を、妻は口にしなかった。安堵感を覚えたが、夫婦の会話がなくなった。無視しているようで怒鳴りたくもなるが、今は妻にとっては大事な時期だと思い、苛立つ感情を押さえた。
 お腹は徐々に大きくなっていく。出産は難産だった。陣痛は三十時間もあり、陣痛促進剤を何度か使い、ようやく子宮口が開いたが出てこない。赤ちゃんの心音が乱れているということで、帝王切開となった。そんな状態で生まれたのが息子だった。
妻は産後の肥立ちも悪く、横になっていることが多くなった。ひとりで育児をさせることに不安を感じ、私の実家の母親を呼び寄せた。妻のぼんやりとしている時間が長くなった。今まで見ていた音楽番組にも関心を示さない。
ヒステリックになったかと思うと、ぼんやりしている。ベッドに入っていることが多くなった。無理やりに起こしてもリビングのソファーに一日中座っている。食欲もなくなり、顔色も悪くやせ細ってきた。
 病院で診察を受けると、医者は『鬱病』であると言った。妻の病気を考えると、このまま家で育児をさせられないと思い、息子を私の実家に預け、小学校に入るまで面倒をみてもらった。
 病院の待合室が見渡せるガラスの玄関ドアを押して中に入ると、四人がけの椅子が十脚ほど並べられた外来の待合室。今日も患者たちが椅子を占領していた。中には保護者同伴もいる。診察を受けに来た患者たちは、じっと座っている者は少ない。患者同士が声をかけ合ったり、隅に置かれている自動販売機の飲み物に興味を示している者もいる。
 待合室に備え付けられたテレビの画面からは、トーク番組が流されていた。ゲスト出演者を相手に特別おかしいとは思えないが、司会者は笑いこけて話している。そんな光景が馬鹿らしく思えた。患者の中には楽しそうに声を出し、手をたたいて喜んでいる者もいる。
 妻は暗い表情で足下に視線を落とし、私の横に黙って座っていた。その姿が哀れさを誘う。彼女の明るい笑い声の出ている顔なんて、もう何十年も見ていない。
 待合室の天井に備え付けられた、スピーカーから診察を受ける患者の名前を、順次呼び出しをしているのが聞こえてくる。マイクで呼び出されるまでの診察患者の一人当たりの時間は、総合病院の内科診察よりも長く思われた。
「おっちゃん。どうしたん?」
 向かいに座っていた若い女が声をかけてきた。口の中でガムをかんでいる。頭のてっぺんの髪を一部束ね、服装といえば花模様のついたブラウスに赤いフレアスカート。顔を見れば二十代半ばを越えている感じを受け、服装だけが違和感を覚えた。通院している患者から声をかけられるのは、いつものことだ。横を向き、聞こえない振りをしていた。
「どこか悪いんか」
 なおも聞いてくる。若い女に視線を向けたが無視を続けた。なおもなれなれしく顔を近づけてくる。目の前の若い女に返事をすることが、鬱陶しく思えた。「うるさい。あっちへ行け!」頭の中で叫んだ。
 それでも若い女は、私の心理状態を考えることもなく、
「ねえ、ねえ」
 と絡んでくる。迷惑な顔をしていると、若い女の隣に座っていた母親と思われる女が、気がついたらしい。「すいません」と言ってから、若い女に何やら二言、三言声をかけると、「そうなん」と言って、口先をとがらせ足をぶらぶらとさせた。
 若い女は静まったが、なぜこんな女に振り回されなければならないのかと思うと、神経が苛ついた。
 妻の表情を窺うように隣を見たが、相変わらずうつむき加減で足下を見つめたままだった。必要なときは、こちらから一方的に命令口調で指示を与えると、そのとおり動くだけで、夫婦といえる会話はほとんどない。
 待合室は、相変わらずテレビの声は大きく、騒がしい中にとけ込んでいる。この場所へ、何回来てもなじめなかった。持ってきた文庫本を読む気にもならず、ジャケットのポケットに突っ込んだままだ。
 もう一時間ほど待たされている。
「もし顔の痣のことを聞かれたら、何も答えるな。わかったな」
 妻に向かって、堅く念を押した。本当なら、今日病院に来るのを止めてもよかったのだが、薬がなかったし、こちらの都合だけで止めるのは、妻が可哀相に思えた。
妻は、私の高圧的な態度が気に入らないのか、ほとんど口を開かない。そんな妻を見ていると無性に腹が立ち、気が苛つく。蹴り飛ばしてやろうかとも思うが、一発でも蹴れば、気が高揚して、止まらなくなってしまうだろう。
 診察の順番が回ってきた。通された診察室には、机一つに、簡易ベッドが壁ぎわに置かれている。殺風景な部屋である。毎回の診察で、いつも違和感が出てくる。白衣を着た医者は机の横に座り私たちに椅子を勧めた。
 診察室は隣の診察室と奥がつながっている。ひとりの看護師が、両方かけ持ちで忙しく動いていた。
「気分はどうですか」
 医者はうつむき加減の顔を覗き込み、問診をしていた。妻は頭を横に振るだけで、言葉は出さない。
「どうされましたか。先月来られたときは、問いかけに答えてくれたじゃないですか」
 頭を振るだけの妻から、視線をこちらに向けた。
「どうされたのでしょうね。ご主人には家でいろいろと話されますか」
 医者からの質問に、私は小首をかしげた。
「毎日どのように過ごされていますか」
「昼間、私は仕事に出ていますので……それにほとんど喋らないので、よく知らないのです」
「そうですか。ご主人にも喋られませんか。食事の支度などは、どうされていますか」
 医者は世間話をする感じで問いかけてきた。
「朝食は息子が用意をしています。息子が夜勤でいないときは、私がパンを焼いて妻の分を準備しています。夜は帰ってから私が支度をしますが、大層なものは出来ませんが……」
「仕事で疲れて、帰ってからの準備だと大変でしょう」
「はあ、まあ」
 わかりきった問いかけに、曖昧に答えた。
 医者はうなずくと、食事の量はどうだとか、薬は飲んでいるか。たまには気分転換で外へ連れ出してやっているかを聞いてきた。適当に答えた。
 眼鏡を掛け狐みたいな顔をした四十歳くらいの医者は、しつこく質問をしてくる。この医者はあまり好かなかった。最初は今にも病気が治る口振りであったが、一向によくならない。全快までにはほど遠い。医者は性格的なものもあるが、環境の影響が大きいと言った。特に家庭内の要因ではないかと付け加えた。
 いつも持論を得意げに喋る狐顔の男に腹が立つ。
「患者の病気を治すのが、お前の役目だろうが。高い給料を取ってるくせに!」
 そう言って、目の前の男を、怒鳴りつけてやりたかった。
毎月一回、仕事の合間をぬって、妻を連れての通院は大きな負担である。通うのを止めようかとも思うが、病気を思うと迷ってしまう。
 医者は、伏し目がちな顔に視線を合わせている。妻の顔が普段と違うのに、気がついたようである。
「奥さん、顔に痣がありますが、前回来院されたときには、なかったと思います。どうされましたか」
 髪が垂れ下がり隠れていた妻の左頬に、青く浮き出た肌に医者は顔を近づけていた。
「ちょっと、さわってもいいですか」
 そう言って痣の上を指で軽く押さえていた。
「痛くないですか」
 医者の表情が険しくなっていくのがわかった。
「…………」
 妻は顔に触られると、頬が震え少し引く格好をした。医者からの質問に対しても何も答えなかった。
肌色の中に紫色が丸く円を描き、その中心部が青く皮膚が膨れあがっていた。その箇所を見つめたまま医者は答えない。
 少し経ってから、医者は何かを察したのか、椅子を回転させて、妻から視線を外し私の方に顔を向けた。
「ご主人、これはどういうことですか。叩かれた痣ではないのですか」
 医者の視線は厳しかった。
「はあ……」
 私は、どう言うべきか迷った。
「恥ずかしいことですが、息子がしでかしたことです」
 私は嘘をついた。医者の態度が少し緩くなった気がした。
「そうですか……それは困ったことですね。ご主人から暴力を振るわないように、息子さんにきちっと話してください」
「わかっています……」
医者は妻の方に向き直って、世間話と思われる内容を話しかけていた。喋る間も妻の表情を注意深く観察している。
 急ぐ仕事を部下に頼んで、妻を病院に連れてきたのに、医者に小言を言われ気分が悪かった。
医者は、妻の頭の髪に手をさし出して、少し掻き分け中を覗き込んだ。
「奥さん、この頭の傷はどうされたのですか。相当強く打たれたようですが、痛かったでしょう?」
 問いかけに、やはり頭を振るだけだった。医者はゆっくり視線を私の方に向けた。
「ご主人、奥さんの頭に傷がありますね。よく見てみると、何日か前の傷に思われますが」
 医者の視線は私に強く突き刺さった。
「私のいないときに、机の角で打ったらしいんです」
 私は澱みのない言い方で答えていた。医者からの質問は予測していたことである。
「どういうことなのですか。あなたのところでは……奥さんを何だと思っているのですか」
またもや医者は強ばった表情の顔を、私に向けてきた。
「病院で診てもらいましたか」
「血が止まっていたので行っていません」
「医者に見せてやらないと、たまたま血が止まったからいいようなものの、もし化膿でもしていたら、生命にかかわるかもわかりませんでしたよ」
 医者は視線を合わせてくる。心の奥を覗き込まれている気がした。鼓動が速くなるのを覚えた。
「はあ……」
 声が詰まってしまった。
「奥さん、ご主人のおられないときに、ケガをされたのでしたら、不安だったでしょう」
 妻は何も言わない。足下を見つめ座っているだけである。
「もう傷口はふさがっていますが、かさぶたが取れるまで、触らないでください。心配しなくても大丈夫ですよ」
医者はいろいろ問いかけていたが、答えない妻に対し、にこやかな表情でうなずいていた。
「今回も同じ薬を出しておきますから、来月も来てください」
 医者は机の上に広げていたカルテの上で、ペンを走らせた。
「もう通院するのを、やめようと思うんですが……」
 私の言葉に、医者はペンの走りを止めた。胸の中につかえていた言葉を吐き出すと少し気が楽になったが、反対に医者からの言葉に身構えてしまった。
「どうしてですか。他の病院へ替わられることですか」
「薬だけでも、送ってもらうわけにはいきませんか……月一回の通院が、負担になるんですよ」
「ご主人が、連れて来られないのなら、身内のだれかに連れて来てもらうわけにはいかないのですか」
「それが無理なんです!」
医者に言い放ってから、顔が熱くなった。もう私は医者など信用していないし、病気も治るとは思っていない。二十五年の間に、三回病院を替わったし、その間に医者も五人替わった。どの医者も自信がある素振りだったが、妻の病気を治した医者はいない。
妻を車の後部座席に座らせ、朝通ってきた道を走った。バックミラーに映る妻の顔は、あいかわらず下を向き無表情である。
結局、二ヶ月に一回通院することで、医者は了解してくれた。私も連れて行く負担が半減するので、納得することにした。
「なぜ、医者に本当のことを言わなかったんだ。頭の傷は夫に殴られてできた傷だと、どうして答えなかったんだ」
 聞こえていない振りをして、表情を崩さない。妻とのコミュニケーションは、私の質問に小さな声で答えたり、目で反応する程度である。
 家に帰ると、日が射し込んで生暖かい空気に包まれたリビングのソファーに、腰を落とした。どっと疲れが湧いてきた。窓を開けて新しい空気に入れ替える気分にはならない。
 運送会社に勤めている息子は、日勤で仕事に行って居なかった。家にはふたりだけである。
 ソファーに座っていても何も出てこない。妻は自分の寝室へ行こうか、リビングに居ようか迷っている仕草だった。
「お茶の一杯でも入れんか!」
 また怒鳴ってしまった。平和で静かな家庭生活を過ごしたいと思うのだが、妻を目の前にすると大きな声を出してしまう。
 妻は、おどおどして台所に入り、コーヒーを入れてきた。それを一口飲んだとき、そのぬるさに腹が立った。
「おまえはコーヒーの一杯も入れられないのか!」
「…………」
 自分が興奮しているのがわかる。忙しい仕事の合間に時間をつくって病院へ連れて行ってやったというのに……。下を向いて私の問いに答えない妻に激しい苛立ちを覚えた。血が一気に頭に駆け上がり、顔面が火にあぶられたように熱くなった。
「だれのお陰で毎日飯が食えると思ってるんだ!」
怒鳴った瞬間、私の右手は妻のこめかみを打っていた。「バシッ!」、鈍い音が部屋の中に響いた。横に立っていた妻は勢いで床に倒れ込んだ。興奮が治まらない。
「うっ……!」
 声を殺して、痛みに耐えているようだった。無言の抵抗をしているように思えた。その態度が私をさらに逆上させた。
「なぜ素直に謝らないのだ。すいませんと言え!」
「……!」
 反抗的な目が私を睨む。何も答えない妻の態度が、私を馬鹿にし、許せないと思った。これだけ私に心労をかけ、なぜ「すいません」の一言が言えないのか。睨む目が反抗しているように映る。
 妻に跨り髪をつかみ、引っ張り上げ頭が浮いたところで、思い切り床にたたきつけた。「ゴン!」、頭が床に当たる音が鈍く響く。さらに左手で妻の髪をつかみ顔を浮かすと、右手で妻の頬を力一杯叩いた。
 床に倒れ込んでいる妻の頭から血が流れている。病院で指摘された傷が裂けたらしい。傷口をティッシュで押さえた。手のひらにドクドクと血を送り出す心拍が伝わってくる。
長年病気で家事や育児が出来ない妻に対する鬱積が爆発してしまった。
 救急車を呼ばなければと脳裏に命令するが……。妻の腫れた顔。切れた唇。病院に行けば原因を聞かれるだろう。地域や職場に知られるかも……そんな思いが頭の中で交差する。赤く染まったティッシュが、何枚もフローリングに広がっていく。
 妻は私に抱きかかえられたまま動こうとはしない。痛みをこらえているのか、血が滲み出た口元は、歯を食いしばっている。頬が微妙に痙攣を起こしていた。血の温もりが伝わってくる。妻は相変わらず身を任せ、痛みで火照った顔に、ほとんど感情を表さない。
ここで手を放せば、固まりかけた傷口が開き、また血がどっと流れ出す気がする。ただじっと無防備の表情を崩さない妻の姿を目の前にすると、自分が行った仕打ちに震えた。
 興奮状態が治まると罪悪感を覚えた。出血が止まり、大事にもならず一安心である。充血した目で私を睨み付けていた妻を、寝室のベッドに寝かせ、少しほっとした。
 妻が眠り込んでいるとは思っていない。ベッドの中で私を恨んで、身体中の痛みで泣いているだろう。妻の気持ちが落ち着いた頃に、腫れたところに湿布薬を貼ってやろうと思った。
 全身に脱力感が襲う。リビングに血の付いたティッシュを、片付けもしないでソファーで眠り込んでしまった。
 いつのまにか息子が仕事を終えて帰っていた。散乱した血の付いたティッシュを見たらしく、息子の怒鳴り声で起こされた。
「どうしたんだよ。この血は何なんだよ。またおふくろを殴ったのか」
 目の前に息子が仁王立ちになっていた。
「年甲斐もなく、つい興奮してしまって……」
 私は弁解するように言った。
「いつものことじゃないか。おふくろを殺す気か!」
「馬鹿なことを言うな。何もわからんくせに」
「暴力親には言われたくない」
 息子は突っかかってくる。私は少し冷静になって、話題を変えた。
「晩飯はいらないのか」
「外で食べてきた!」
 そう言って、息子は二階にある自分の部屋に入ってしまった。近頃、息子とは口喧嘩ばかりしている。私の妻に対する、短気なところが原因である。息子に叱責されると、空しい気持ちが湧き出てくる。
 リビングに散らかっている血の付いたティッシュを、一枚一枚拾い上げ広告チラシに包み込んでゴミ箱に捨てた。

 会計事務所は自宅から五キロほど離れた駅前ビルの二階に借りていた。職員も男女ひとりずつ雇った。ガラス戸を通して、窓から公園の銀杏の木が見える。葉が黄色くなっていた。事務所内を見渡すと、二人の職員は窓の景色など関係なく、忙しく動き回っている。
「所長、税務書類の打ち合わせをするために、岡村金物へ行ってきてもよろしいか」
 男子職員から外出の許可を求めてきた。
「税務申告の時期は忙しくなるから……行ってきてくれ」
 私は返事をしながら、部下の張りのある言葉にうなずいた。十二月から三月は会計事務所にとって特に忙しくなる。お得意の会社へ税務申告の指導と関係書類の事前点検が必要だった。
 会計事務所の経営も固定客が付き安定してきた。しかし同業の会計事務所が近くに開業した。油断していると固定客を引き抜かれる可能性だってある。競いあえば安い金額で請け負わなければならない。それだけ事務所経営が苦しくなる。
「所長、お正月は家族でどこかへ行かれるのですか」
女子職員がコーヒーを入れたカップを机の上に置いた。壁に掛けられた時計は十時半を指していた。午前中のティータイムである。
「いや、家で寝正月だよ。君はどこかへ行くのかね」
「連れて行ってくれる方がいませんから、私も寝正月です」
顔に不満そうな笑顔をつくり、連れて行ってほしい仕草を見せて、自席に戻って行く。妻に無いそんなところが可愛いと思った。
 女子職員は、知り合いの会計事務所に勤めていた女だった。結婚して事務所を辞めて家庭に入っていたが、離婚したらしく、求人募集を行ったときに応募してきた。
 彼女は経理事務に優れていた。仕事帰りお茶に誘い親しくなった。細身の小柄な女で、体型的には妻と正反対だった。一回り下で、会っていると安らぎを感じ、青春時代にかえったような淡い興奮を覚える。
 ふたりで食事をしてからホテルに入るのだが、彼女はいつもためらいの風情を見せ、あえて私が手を引くようにして入ってしまうと、逆らわなかった。
 私の家庭事情に理解を示し、一緒になってほしいなどとは言わない。そんなしおらしさが、たまらなく私の心の中に入り込んでくる。
 窓に視線を戻したとき、ガラス戸に映った自分の顔が、少し翳った気がした。
 窓から見える向かいの家が気になる。庭の雑草が背丈ほどに伸び、建物の窓には塗装のはげた雨戸が閉めきられ、だれも住んでいないことがすぐにわかる。
 一年前だった。この家に住んでいた奥さんが、前の道を歩いていた小学生を突き飛ばし、頭に数針縫うケガをさせる事件が起こった。小学生の親が警察に訴え、マスコミが事件を大きく取り上げた。奥さんが精神科に通院していたことから、精神鑑定が必要ではないかと報道された。
 その家を興味本位で見に来る者が増えた。門扉は閉められ、カーテンは引かれたままで、家族の姿は、ほとんど目にすることはなかった。気が付いたときには、家族全員が転居していた。
 同じ精神病患者を抱える者として、人ごととは思えない。もし妻が事件を起こせば、私の社会的地位や会計事務所の経営に大きな影響がでる。そんな不安が脳裏を横切った。
 仕事を終えて、久しぶりに家に早く帰った。家の中は暗闇に包まれ、ひんやりとした空気が漂っていた。妻は寝室に閉じこもっているのだろう。リビングの灯りをつけた。運送会社に勤めている息子は、夜勤で今夜は帰ってこない。風呂場に行き湯の蛇口を開いた。
 リビングでテレビを見ながら、風呂あがりのビールを飲んだ。美味しく気持ちもゆったり落ち着く。
 廊下で足音がした。妻が寝室から出て来たらしく、洗面所へ駆け込むのが、ドアにはめ込まれたガラスを通してわかる。
 蛇口から水を流す音の中に、「ゲー、ゲー」と、吐き出すときに発するうめき声が聞こえた。私は異常を感じ、ビールの入ったコップをテーブルの上に置き、洗面所に見にいった。
「どうした?」
 洗面台に顔を落としたまま何も応えない。なおも「ゲー、ゲー」と、胃の中の物を吐き出していた。
 しばらく待ったが、妻は何も喋らない。私を無視しているようにも思える。先ほどまでのゆったり落ち着いた気分が、消えていく。「冷静に」と自分に言い聞かせた。
「どうしたんだ」
 再度問いかけてみた。しかし、洗面台に顔を向けたまま何も応えない。
 急に頭が熱くなり、鼓動が高まるのを感じた。
「精神病を患うのは気が緩んでいるからや!」
「気が張っていれば病気にはかからん!」
 妻の背後に向かって、頭に浮かんだ言葉が出てしまった。
 会計事務所を独立させた頃は、深夜まで働いた。それでも病気にかからなかったし、風邪も十年間一度も引いたことがない。その自信から、言わせた言葉だった。
 精神論をぶったところで何も進展しない。苦しそうに見える妻の背中をさすってやった。妻はその手を振り払い、自分の寝室に戻ってしまった。
 なんと可愛げのない奴だと、腹立つ気持ちを押さえた。蛇口から出ていた水を止めて、リビングに戻りビールを飲みなおした。先ほどの味とは違い苦かった。

 妻は胃ガンに冒されていた。わかったときは、他の臓器にも転移し、何も出来なかった。
 妻に対して、いつも感情的になっていた。そんな夫婦関係では、体調に異変を感じても、病院へ検査に行きたいと言えなかったのであろう。その結果が手遅れとなってしまった。
 妻にはガンの告知をしなかったが、知っていたかどうかわからない。妻の最期は薬が効いていたのか、安らかな顔を見せて亡くなった。行動を冷静に観察していれば……何回か物を吐いているのを見ていたし、「もしかしたら病気かも?」そんな思いがなかったわけではない。
 私の脳裏の中に、妻の新たな病気を期待するもうひとりの自分がいた。今の夫婦生活に終止符を打ち、新たな生活をしたいという気持ちが頭を持ち上げ、新しい病魔を見逃してしまった。
 告別式は自宅で執り行うことにした。妻が人生の半分を暮らした、この家から送り出してやりたかった。
 通夜の晩は肌寒かった。外は春の桜の花びらが散っていた。近所の者たちは、形どおりの悔やみを言って、焼香をすませると、用事でも思い出したように、急ぎ足で帰っていった。親族の者たちは、通夜ぶるまいもそこそこに、明日また来るからと言い残し引き上げていった。
 運送会社に勤めている息子は、トラックの夜行便で荷を北海道へ運んでいた。告別式に間に合うように帰ると電話を入れてきた。通夜の客が途絶えると、手伝いにきていた近所の人も帰り、私はひとりになってしまった。無性に寂しさが吹き出してくる。
 葬儀屋から線香の火を絶やさないようにと念を押され、酒をちびちび飲みながら線香のもりをしていた。
 インターホーンが鳴り、遅く職場の女子職員が来た。
「仕事を片づけていたら遅くなってしまって……この度は、思いがけないことで……」
彼女は玄関先で頭を下げて言った。
 妻の遺影が飾られた祭壇の前に招き入れた。焼香を済ませると、私の方に向き直って、畳に深々と手をついた。顔を上げた彼女の表情に深い哀れみが浮かんでいる。喪服に薄化粧の顔が解け合って美しい女だと思った。
 私は女に体をすり寄せた。息子を感情のまま殴りつけたように……妻には自分の考えを無理やり押しつけたように……持ち上がろうとする理性を押さえ込んだ。
 その反動を隠すために『善人面した所長』の役柄を演じてきた。人に頭を下げたり、腰を低く対応するのにも何の抵抗も感じない。
 女はびくっと身体を動かせてから、私を避け後ずさりをした。彼女の背中に手を回した。何か言おうとする女の口に私の顔を押しつけた。
「通夜に、それも奥さんの前で……」
 女は私を押し戻しながら言った。
「寂しいんだ……」
 彼女の背中に回している手に力を入れた。女の身体からは抵抗の気配を感じた。妻は私たちの関係を知っていたにちがいない。もう気遣う必要もなくなった。
「所長、だめです。こんな場所で……線香がなくなりかけているじゃないですか」
 女は祭壇の方に視線を向けて言った。喪服の胸元を左手で抱えこむようにして、右手で新しい線香を掴み、蝋燭の火に近づけてから線香台に立てた。女の身体の線が浮き出た後ろ姿を眺めていると、風もないのに祭壇に立てられた蝋燭の火が左右に大きく揺れた。棺から今にも妻が蓋を開けて出てくるのではないかと思った。
 喪主として、葬儀を切り回すのは初めてだった。葬儀の段取りに胃が痛むのを覚えた。列席者の食事から告別式の焼香の順番まで、それに戒名や僧侶の人数など、葬儀屋に聞かれてもほとんど未知の世界だった。ただ無事執り行うことだけを考えた。

 妻が亡くなってから一年になる。今日は妻の一周忌法要を自宅で執り行うことになっていた。妻が亡くなると、息子は家を出てアパート暮らしを始め、ほとんど家には寄りつかない。
 親戚の手前、母親の法事に息子が来ないのも、おかしな話だと思い呼び寄せることにした。電話口に出た息子は無言のまま渋っていたが、「たまには母親の墓参りをしてやれ」という言葉がきいたのか、泊まらないことを条件に出席することを何とか了承してくれた。
朝から法事の準備を済ませてしまうと、みんなが集まるまで時間を持て余した。新聞に目を通していると、社会欄に不可解な事件が載っている。子どもが親を殺害している事件を読み、物騒な世の中になったと思えてくる。人ごとではない気がした。
 会計事務所の所長という肩書きの上に胡座をかき善人顔をし、地域の行事に来賓として、えびす顔をして上座に座らせてもらっている。一歩間違えば新聞に載っても、おかしくない自分の過去に寒さを感じる。
 息子は家を出て働いているが、私と顔を合わそうとはしない。父親の私を恨んでいるだろうなと、いつもそんな思いが心の奥に潜んでいる。
 妻が病気を患っていたので、息子のことが気になって、小学校低学年のころは、仕事の合間に授業参観へ行っていた。来ているのは、ほとんどが母親たちで父親は少なかった。
 子どもたちは、静かに座り先生の話を聞いていたが、息子は消しゴムで机の表面をこすり、できたゴムかすで遊び、先生の話など聞いていない。私にはそれが辛抱できなかった。静かに先生の話が聞けない息子に対して、腹立たしさが湧き出てくる。授業が終わる頃になると、参観に出席したことへの後悔の念が浮き出て、帰りの足取りは重かった。
 家へ帰ってきた息子を前にすると、血が全身を駈けめぐった。
「なぜ静かに座って先生の言うことが聞けないのか!」
 怒鳴るのと同時に、私の右手は息子の左頬を打っていた。
「他の子どもと同じように、なぜ出来ないのか!」
 人並みに母親としての役割が果たせない、妻への鬱積が息子に出てしまった。普段でも私が何かの拍子で手を挙げるだけで、息子はまた殴られると思うのか、反射的に両手を顔の両側にやって防御の仕草をした。
私の手荒い行為に対して、児童相談所に勤めている友人は、「手のない子どもにピアノを弾けと言っているのと同じだ」と言った。その言葉に反発した。「手がなければ足でピアノを弾かせてやる」と、むきになった。
 私もそれなりに努力をした。足し算、引き算、かけ算、わり算の一桁の数字を並べたプリントを作り、それを付きっきりで教えた。
 成績が悪ければ、怒鳴ったり叩いたりもした。また気に入っていた玩具の車を取り上げ、地面にたたきつけ壊してしまったこともあった。息子から見れば、恐怖と苦痛の毎日であったに違いない。妻は口を挟まなかった。自分の病気で後ろめたさを感じていたのであろう。
 妻に先立たれ、息子には恨まれている。この先の老後は……。五十代半ばになると、これからの生活を考えることが多くなってきた。
 戦争で多くの人が亡くなっていた戦前であれば、もう死を迎える歳だと、あきらめもつくが、現代は良いのか悪いのか医療が発達してなかなか簡単に死ねない。寂しい老後を送らなければならないと思うと、どのような形で死を迎えるか考えてしまう。
一時は寝込みを息子に襲われるのではないかと、不安な日々を送ったこともある。物騒な話であるが、殺されても自業自得である。息子が父親を殺しにきたら、拝み倒してまで長生きをしようとは思わない。将来が長い息子のために、遺書を書こうかとも考える。尊属殺人になれば罪が重くなる。遺書を書いて依頼殺人にすれば、少しでも罪は軽くなるのではないかと、思ったりもする。
 玄関当たりで話し声が聞こえだした。息子と親戚の者たちとが集まってきたようだ。列席者が集まったころに、時間を計ったようにお寺の住職が現れた。位牌の納められた仏壇の前でお経をあげてもらってから、みんなで近くにある墓へ参った。今日はもう一件法事があるからと、住職は急ぎ足で帰っていった。
 家に着くと八畳と六畳の二間続いた畳の部屋に、近くの仕出し屋から取り寄せた食膳が並べられていた。今日一日、近所の親しいおばさんに裏方をお願いしていた。
 普段はあまり酒を飲まない息子のはずだったが、会社の同僚たちとの付き合いで酒を覚えるようになった。親戚の者に酒を勧められている。息子の顔が赤くなり、酔ってくると、私の心は落ち着かない。いつ爆発しないか怯えてしまう。
 息子はもう、力でねじ伏せ、思いどおりにさせていた子どもではなくなっている。腕の周りに筋肉がつき、力関係は逆転してしまった。親父に対して憎しみが腹の中で渦巻いているはずである。
「どないや、親父と仲良くやっているか」
 列席者にお酒の酌をしていたら、後ろから話し声が聞こえた。親戚の者が息子に声をかけていた。私は聞こえない振りをして酌をして回った。それでも気になり、聞き耳を立て、少し振り向き表情を窺った。
「はあ、まあ何とか……」
 言葉を濁らせ、左側頭部に手を当てながら返事をしている息子と視線が合った。
「おまえの親父も、仕事を軌道に乗せなあかんし、おまえの小さいときは、大変やったと思うで……今日は泊まっていくのか」
家庭事情を知っている親戚の者は、私をかばう言い方だった。
「みんなと一緒に帰ろうと思っている」
「そんなに急いで帰らんでも、一晩くらい泊まったらいいのに、親父も寂しがっていたから、泊まったら喜ぶんとちがうか」 
「俺は、親父とはあわん」
 むきになって言い返していた。睨み付ける視線が私の背中に向けられているのを感じた。この場は逃げるわけにはいかない。ゆっくり振り向いた。
「何も、こんな席でそんな言い方せんでも……」
 私は息子をたしなめた。
「何を言われても親父の言うことは聞かん。親父が俺にしたことは忘れん。それにおふくろをサンドバッグのように殴って、精神病に追い込み、挙げ句の果てに、ガンに冒されているのを医者に見せなかった。親父は女をつくって楽しんでいたんや。最低の人間や。おふくろの葬儀のとき親父は涙を流さなかった。おふくろを見捨てた。いや殺したと同じや」
 私は弁解しなかった。厳しい目つきで、息子と向き合った。突然、息子が顔面に手をやったとき、鼓動が速くなるのを覚えた。息子が小さい頃、殴ったときに見せた防御姿勢である。
 親戚の者たちは、我が家の状況はだいたい知っているはずだ。
「まあまあ、そんなにいきり立たんと、親父さんもおまえのお母さんが病気がちだったから、寂しかったんだよ。きっと……ゆっくり飲もうや」
 親戚の長老が間に入ってくれた。顔が熱くなるのを覚えた。長老は妻の父親だった。私に女がいることを、知っているはずだが、何も言わない。こんな場で親子喧嘩の仲裁に入ってきたことに少なからず驚いた。
 息子から女の話が出たのはショックだった。妻の一周忌法要の席上で、女の事で言い争いなどできるはずがない。その場は義父のおかげで何とかおさまったが、気持ちの中では釈然としないものを覚えた。
 みんなが帰ってしまうと、ひとりだけ取り残された思いがして、寂しさが込み上げてきた。仏壇に置かれた妻の遺影が、私を笑顔で見つめている。妻が病気のときは、笑顔など見せた記憶がない。葬儀屋から依頼され、遺影に使う写真を探しているとき、「この写真を使ったら」と息子が差し出したものである。
 葬儀のときは準備に追われていて、何も思わなかったが、いつ撮ったのだろう。妻の面影からして、亡くなる数年前のように思う。私の知らないところで、こんな笑顔を見せていたなんて……。
 妻の面影が染みついたこの家で、女と一緒に暮らせない。義父や息子がうなずいたとしても、妻が許さないだろう。


 

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