編集後記

 友人の招待で初めての場所を訪ねてみたものの、案の定道に迷う。辺りをうろうろするうちにうっかりと未知の人の生け簀にどぼんと落ちてしまった。もっともその場所とは足を使って行く処ではなく、指先の操作ひとつで簡単に辿り着ける、ネット上の会員制コミュニティサイトである。使い方もわからぬままそこを訪れた私は、片っ端から画面をクリックするうちに、その未知の人のページに足あとを残してしまったのだ。その人は男であり、そしてひじょうにマメな人である。足あとを頼りに丁寧なメッセージを送り、自分のグループに招き入れるのだ。彼はその中で日々せっせと日記という名の餌をまき、メンバーはそれに釣られて水面に顔を出してコメントを残す。内容によっては話が思わぬ方向へ膨らむこともある。数日コメントをさぼるとたちまち彼からメッセージが届き、水面に呼び戻されることになる。そこはまさに手入れの行き届いた生け簀さながらである。
 さて、日常を扉にして作品を書くことは多い。日々の中でこれと思ったものを心に貯めておくのだが、放っておくとすぐに色褪せて形をなくしてしまう。そこも生け簀のようなものか。ふと手入れを怠った自分の生け簀の濁った水を横目に、日常に釣り糸を垂れている。
(M)
 


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