ビデオデッキ 津木林 洋


  我が家のビデオデッキが半壊れ状態になって、一年以上になる。再生は問題ないのだが、巻き戻しをしたら、テープが外に飛び出したり、留守録画がうまくいかなかったり、ということが起こるのだ。
 前のビデオデッキが駄目になって買い換えてから、二、三年でそういう状態になってしまったのだが、所詮一万円で買ったものだからと、修理にも出さずに放ってある。無償修理期間が過ぎているので、修理に出したら多分買値以上の費用を取られるだろう。
 ビデオデッキは中国などで製造され、安値で売られているので、どのメーカーも耐久性をあまり考慮していない。値段は高いが、長持ちしますといった製品を出しても売れないのだ。ビデオデッキがこれから先もずっと使われるとは、誰も思っていないし、買う方も、使い捨て感覚で買っている。
 前のビデオデッキは二十年以上も前に、二十数万円出して買ったもので、一回修理に出している。買値の十分の一ほどの修理代だったが、高いとは全く思わなかった。むしろ、そのくらいで直るなら安いものだと思った。
 三十数年前、家庭教師をしていた産婦人科医の応接間で、初めて家庭用のビデオデッキを目にした時、これは絶対に欲しいと思った。今ならさしづめ、一〇〇インチのプラズマテレビに抱く感覚だろう。当時は、まだカセット式のテープではなく、幅の広いオープンリールのデッキだった。
 しかし、その当時六十万もするものをおいそれと買えるはずもなく、それから何年も経って、ビクターが開発したカセット式ビデオデッキを手に入れることができた。
 ステレオや二カ国語に対応している高級機で、番組録画やレンタルビデオの再生に活躍してくれた。今でも映画を録画したテープが何本か残っている。
 さすがに二回目の修理に出そうとは思わず、新しいのを買ったのだが、こんなに早く故障するなら修理する手もあったかという気がしてくる。
 ビデオデッキがおかしくなって、安いものだから買い換えようかとも思ったが、巷ではハードディスク録画が主流になりつつある。パソコンにテレビキャプチャーボードを増設すれば、簡単にハードディスク録画が出来るので、この際テレビ番組の録画はそれでいこうかと考えた。ちょうどいい機会だとも思った。レンタルビデオはすでにほとんどがDVDに切り替わっているので、DVDデッキで見ればいい。
 早速オークションでキャプチャーボードを手に入れた。六千円ほどだった。
 アンテナケーブルをつなぎ、しばらくいろいろな番組を録画して、パソコン画面で再生してみた。ハードディスク録画は巻き戻したりする作業がいらないし、再生を飛ばすことも簡単なので確かに使いやすかったが、すぐに飽きてしまった。
 録画してまで見たいと思う番組がほとんどないし、取り敢えず面白そうな番組をいくつかチョイスして録画しても、こちらの見る時間がない。それに椅子に坐ってパソコンの小さな画面でテレビを見ても、テレビを見ているという感覚にならないのだ。やはりテレビは、ソファーに寝そべって、リモコンでちょこちょこチャンネルを変えながら見るのにふさわしい。パソコンに録画した番組をLANケーブルで送ってテレビで見られるようにする機器もあるが、そこまでして見ようとも思わない。
 一番困るのは、小説を書きあぐねている時、ついついパソコン画面にテレビ画面を出して、見たくもない番組をだらだらと見てしまうことだった。インターネットサーフィンなら、読んだり選択したりと能動的なところがあるのに比べて、テレビは遙かに受動的なので、あっという間に時間が過ぎていく。
 これではいけないと、すぐにアンテナケーブルを取り外し、キャプチャーボードを売り払った。
 せいせいした。
 それ以降、どうしても録画したい番組は、半壊れ状態のビデオデッキで行っている。
 といっても、去年一年間でたった一回しかしたことがない。NHKのある現代アート作家のドキュメントが、あまりにも面白かったので、妻にも見せようと再放送があった日、留守録画をした。
 翌日、ビデオデッキのデジタル表示を見ると、テープは確かに回っている。一気に巻き戻してテープが飛び出したら一巻の終わりなので、ちょっと巻き戻しては止め、異常がないことを確認して、またボタンを押しと、何回かに分けて無事巻き戻した。
 それからひとつ深呼吸をしてから再生ボタンを押す。テープの始まりの乱れた画像に一瞬ひやりとしたが、その後はきれいに再生されている。今回はどうやら成功したようである。
 放送の時と同じものを見ているのだが、心なしか、貴重な映像のように感じるのが不思議だった。



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