ある朝、気持ちよく目が覚めたのに起き上がることができなくなっていた。腰が痛いのだ。体の向きを変えようとするだけでビビッと電気が走ったような痛みに襲われる。たまらん。
なぜだ、と考えてすぐに思い当たった。前日仕事で重い荷物の上げ下ろしをしていたのだ。はりきり過ぎたのがいけなかった。その日はなんともなかったのに、眠って目覚めたらこれだ。
原因が分かってもぜんぜんうれしくなかった。とにかく起き上がらなければならない。初体験に動揺している場合ではない。なによりまずはトイレへ行きたかった。五メートルも離れていないところにドアが見えているのにとてつもなく遠く感じる。便器のほうから一気に近づいてきてくれないかなあと考えていたらまたビビッと痛みが走る。足の位置をずらせただけなのに。一回一回の痛みはすぐにおさまるのだが、そのつど呼吸を整えるという後始末がまっている。しかも恐る恐る。腰から下をなるだけ動かさないようにして畳の上を這っていこうと思ったが全く無理だった。仕方がないから強硬手段に出る。痛みを甘受しながらひじを立て、そのひじを突っ張り、なんとかはいはいの姿勢までもってきた。運がいいのか悪いのか、トイレは大のほうをもようしてきてそれこそ急がなければならなくなった。腰を伸ばし切れない状態のままなんとか便器までたどり着き、さあとばかりに腰を下ろす。ところがだ。腹筋に力が入らない。全く入らない。腹の中のものは出たがっているのに最後のひと押しが出来ないのだ。相当に時間をかけて用を終えた時はとてつもなく大きな仕事を成し終えた気分だった。というのはまったくの嘘。情けないやら腹が立つやらで気持ちのもっていきようがなかった。
結局その日は着替えるだけに時間を使い切ってしまい歯磨きもできないまま家を出た。さすがに仕事は手を抜いた。
何人かの友人に事の次第を伝えたところ、ひとりからは精神的ストレスが原因で腰椎の回りの筋肉を緊張させているのだと解説してくれたが、そのあとはケラケラ笑うばかりで真剣に取り合ってくれない。もうひとりからは軽い運動がいい、ゆっくり歩くだけでいいと勧められそれに従ってみたところ、二十分もたたないうちに背中から肩、顔面にまで張りが回ってきて歩けなくなってしまった。しからばとばかりに腰痛克服本を買って百二十五ページを一気に読んだ。
今は毎朝十分ほどのストレッチ体操を欠かさない。風呂も長めに入ることにした。座るときにはなるだけ足を組まないようにしている。敷布団を買い替えたほうがいいのかもしれないが思い切りがつかない。精神的ストレス。こいつが一番の原因だろう。しかしながら難敵である。いまだ目覚めの恐ろしさからは解放されていない。
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