百姓に学歴なんかいらん  上月 明


 昭和三十九年、東京でオリンピックが開催され、日本国中が沸き返っていた。中学校の先生はオリンピックが見られるのは最初で最後だから見ておけと言ったが、俺は農作業に追いまくられ、テレビを見て楽しむ気持ちにはなれなかった。
 家の田圃が一町(三〇〇〇坪)もあり、中学生の俺でも重要な働き手である。おまけに十頭飼っている乳牛の世話が、忙しさに拍車を掛けた。 毎朝、外が白みかける五時半に、目覚まし時計のベルによって起こされる。しかし、身体は温かい寝床の中で伸びきったまま動こうとはしない。まぶたがゆっくり下がっていく。眠気を振り払うために寝床の外へ這い出ると、全身に肌寒さを感じた。
「早く起きんか!」 階下から親父の怒鳴り声が聞こえた。俺のだらりとした身体を奮い起こさせるには十分だった。素早く普段着に着替えると一階に降りていった。薄暗い寒々とした納屋では、親父とおふくろが牛舎に行く服装に着替えている。 親父は俺を睨み付けて、「チェッ!」と舌打ちした。眠気が完全に吹き飛んだ。俺は首にタオルを巻き、野球帽をかぶりジャンパーをはおった。
「先に行っているから……」 声を掛け足早に親父たちの前を通り過ぎた。いつものことだが、親父に舌打ちされると朝から気分が悪い。 納屋の引き戸を開けると、冷気が土間に流れ込み、膝から顎にかけて大きな震えが襲った。緩んでいた筋肉がいっぺんに縮こまってしまう。
 早朝の気流が沈んだ中を家から東へ二十メートル離れた牛舎に向かう。頬をちくちくと刺す冷たさが全身の体温を奪っていく。口から吐く息が、霧状になって顔にふりかかってくる。キーンと張り詰めた空気が鼓膜に染み込んだ。
 平屋建で木造瓦葺きの建物が、霜に覆われ雑木林の中に建っている。板の引き戸を開け、牛舎の中に入ると生暖かさが伝わってくる。饐えたアンモニアの臭いが鼻についた。
 左にある棚に搾乳器具が置かれている。手前の四角いコンクリート水槽に、牛乳瓶の形をしたステンレスの大きな容器が、冷たく白く浮き出ている。 俺は薄暗い牛舎内をまっすぐ進み内壁にある電灯のスイッチを入れた。天井から吊され、蜘蛛の巣が巻き付き、蛾の小さな黒い糞が付着した裸電球が鈍い光を放った。牛舎の周囲をガラス窓にしていたが、今の時間帯は灯りが必要であった。 乳牛が真ん中の通路を挟んで左右に五頭ずつ通路に尻を向けてつながれている。十頭の乳牛が元気かどうかを確認することが仕事の始まりだった。
 湿気を含んだ通路は、コンクリートの上に茶褐色になった牛の大便が薄くこびり付いている。ゴム長靴の底からヌルッとした感触を感じつつ通路を歩く。
 今まで寝転んでいた牛たちは、人の気配を感じ頭を持ち上げ、俺の方に向けてくる。それだけで牛舎内が騒がしくなる。中には急いで起き上がろうとする牛、寝たまま四本の足をつっぱり背伸びをする牛、怯えてがたつく牛、いろいろである。
 牛たちは立ち上がろうとする。大きな身体を左右に振り前足を立てる。そして前足を踏ん張り重心を前半身に移動させ、一気に後ろ足を立て重心を前から後ろに移し立ち上がる。すぐに生理現象が生じるらしく、垂れ下がったしっぽをうかせ小便と大便をはじめた。
 体重六百キロもある牛から吐き出される黄褐色の小便は、滝のように流れ落ち、大便は何枚もの大きな鏡餅を落とした迫力である。通路と寝床の間に設けられた排尿用の溝に落ちる。大便によってせき止められ溜まっていた小便の中に大便が落ちると、しぶきが周辺に水をまくように飛び散った。
 素早く通路から離れなければ、コンクリートの床に落ちた尿のしぶきや糞のかけらが飛んでくる。たまに飛び散った糞が俺の身体に付着することがある。牛の糞は人間のそれほど臭くはない。慣れれば不快感を覚えなくなる。
 中にはふてぶてしく寝転んだまま、起き上がろうとしない牛もいる。立たすために尻を思い切りゴム長靴の裏で、踏みつけるように蹴りつけた。もし長靴の先で蹴ろうものなら、巨大な牛はびくとも動かないために、その反動で足首を挫くおそれがある。 牛舎の入り口に人影が見え、親父とおふくろがやってきた。親父が舟の乗った手押しの二輪車を通路の真ん中に置いた。めいめいが角スコップをもち、牛の足元に落ちている糞を手前の排尿溝に落とし、溝に落ちている糞と一緒にすくい上げ二輪車の舟に入れる。
 満杯になると、親父は俺に視線を向け顔をしゃくる。牛舎の隣にある堆肥置き場に捨てて来いという仕草である。俺はひょろけながらも腰を据え、両足を踏ん張り二輪車を押した。 糞の処理が済むと、親父は搾乳機の付いたバケットを二台組んで搾乳の用意をする。俺はバケツに水を入れ牛の乳房を拭いていく。おふくろは飼料袋を開け餌桶に入れていた。
 搾乳をする親父の苦虫をかみつぶした表情が、俺とおふくろの気分を威圧し、必要以外の会話を許さなかった。それに毎日が同じことの繰り返しだから言葉はほとんど必要ない。牛の世話は一時間くらいで終わる。
 搾った牛乳は腰の高さまであるステンレスの容器に入れ、昨夜搾った牛乳と一緒に四角い水槽に浸しておく。出荷先の乳業会社が昼間トラックで廻ってきて持って帰ってくれる。
 作業の終わった牛舎内は、搾乳器具が綺麗に整理整頓されており、通路は竹箒の形が残っていた。親父は綺麗好きで俺たちにも押しつけた。
 農閑期はいいのだが、忙しい時期になると牛の世話が重荷に感じてくる。この辺りの農家は農繁期になると、いっときも早く農作業を片づけようとお互いに競争する風習がある。三反(九〇〇坪)百姓も一町百姓も始めるときが同じなら、終わりもほとんどかわらなかった。
 中学生でも田圃の忙しい六月と十月には三日間ずつ農繁期休暇がある。親父は待ちかねたように扱き使う。田圃が少ない同級生がうらやましく思えた。面積が多ければ、人を雇わなければ他の農家に追いつけない。 親父は田植えの時期が近づいてくると、山を三つ越えた隣接市にある村の縁者に、呼び出し電話を掛け人手を頼んでいた。
 二週間もすると田植えを手伝いに、毎年同じ顔ぶれの中年女性三人が路線バスに乗ってやってくる。俺はいつも近くの停留所まで迎えに行かされた。
「ぼく何年生になった?」
 先頭を歩いていると後ろから、日焼けした顔に笑みを作り、毎年、同じ言葉を聞かされる。「去年の学年に一年足したらいいんや」と言いたくなる。
「中三や」 不機嫌な顔をして、ぶっきらぼうに応えた。
「中学三年生になったんか、大きなったなあ。おばちゃんら、小学校に入った頃から来ているんやでえ」 毎年聞き慣れた言葉が返ってくる。 三日間だけだが他人が泊まることは、食事の支度にも時間が掛かるし、風呂焚きの時間も長くなる。おふくろは家事をやりながら合間を見て田植えもやる。せわしなく動き回っているのを見ていると、人を使う大変さがわかる。 親父は朝早くから起き、苗を植える田の準備と苗代の苗取りをやっていた。俺も学校が休みの日は、親父が取った苗を運び、手が空けば苗取りもした。夜は風呂焚きを任されていた。牛の世話は家の中が一段落ついてからやるから、深夜に及ぶこともある。
 親父とおふくろは人を使うのに気を使い、仕事をこなすのに身体を粉にして働く度合いが大きくなる。 他人を使うときの親父は、自分の性格を押さえ遠慮がちに行動をとるのだが、秋の収穫期は人を雇わず家族の者だけだから、性格がもろにでてくる。仕事はほとんどが手作業で稲を五株ずつ鎌で刈り取り、稲杭に掛け乾かしてから脱穀である。
 親父は俺やおふくろの仕事ぶりにチラチラと視線を向け、稲を刈った跡の株が高いとか稲の穂を踏むなと小言を言い、気に入らなければ怒鳴ることもしばしばだった。 脱穀になると一束に一本の穂が穀き残されていても、「こら! 籾が残っている!」と大声を張り上げた。疲労が蓄積してくると怒鳴る回数が多くなる。俺はびくついていたし、おふくろも口答えひとつしないで言われるままに黙っていた。言い訳をすれば手が飛んでくることもある。怒鳴った後は、必ず暗い雰囲気が漂った。 家にいるときの親父は、デンと構えて隅から隅まで目を光らせ、履物のそろえ方や座敷の歩き方まで干渉し、「畳の縁を踏むな」と苦言を吐いた。食事のときは、いつも無愛想な顔で黙々と食べているが、機嫌が悪いときなどは、「こんな不味いもの食べられるか。味付けがなっとらん!」そう言って白菜の醤油炊きを、お椀のまま土間に投げ捨てた。 おふくろは逆らうこともなく下を向いたまま黙って箸を動かしている。哀れさに同情すると同時に、親父の粗暴さに怒りを覚えた。もしかしたら、おふくろのことを少しも好きではないのではないかと、胸に問うたりもした。 気むずかしい親父は、俺やおふくろが自分の思い通りに動かないと、しかもそれが早くぬかりなくやらないと、すぐに怒鳴り散らす。
 小馬鹿にされても、おふくろは指示されるままに働き、ときたま思い出したように口答えをすることがある。そんなとき親父は、こめかみに青筋を立て喚き散らした。その後、必ずといっていいほどおふくろは、親父がいなくなった薄暗い納屋の隅で涙にむせていた。
 俺は一人っ子に生まれたせいか、小さい頃から親父に反論もせず言われるままに動いてきた。反抗する気はあってもかなう相手ではないと思うと、身体が萎縮してしまうのである。
 村人の中には親父のことを、竹を割ったような気性だと褒める人がいるが、俺は認めようとは思わないし、働き者である親父の血を微塵も受け継いでいない。いつも親父の目を盗んでは手伝いをさぼろうとしていた。
 どちらかといえば、おふくろの内気でじめじめした陰気なところが似ている。親父とは並んで歩くことはできない。どのように話し掛けたらよいか迷ってしまうし、言葉も浮かばない。
 春から秋の間は稲田の管理に忙しいが、暇な冬場になると親父は現金収入を得るために土方にいった。口やかましい親父がいなくなると俺の心は落ち着いた。
 近所の友達は学校から帰ると川や池で魚を取ったり、山を探検したりして走り回っていたが、俺はマンガの本を読んだりして、おふくろが針仕事をしているそばにいると安らぎを覚える。 農家のほとんどは日当たりの良い南側に、二間続きの客間があり、仕切の襖を外せば広間に早変わりする。村人の寄り合いの場所として、また村の行事が終わった後の一杯飲むときに使われる。たまに葬式や法事、それに客が泊まるときに使われたりもする。だから何もない普段は空いている。
 親父とおふくろは、北側向きで日当たりの悪い納戸と呼ばれる部屋で寝ているし、俺は二階に自分の部屋がある。家の中で一番日当たりの良い客間を、普段から使わないのは損しているように思う。 客間に面した縁側でおふくろは、老眼鏡を掛け、あかぎれができた指のあちこちに絆創膏を巻き付けた手で、魔法使いのように破れている服を縫い上げている。合間に余った布で中学校に持っていく雑巾を縫ってくれた。 そんなときの、おふくろの顔は親父に怒鳴りつけられて、顔をしかめおどおどした態度を見せる女ではなく、ふっくらとした顔の表情に母親として包み込む愛情が浮き出ていた。 何年も剃ったことのない鼻の下に、うっすらと産毛が生えている。化粧など何年もしていない顔から首筋にかけて、褐色の肌が農作業の年功を物語っていた。 俺は親父のどこが良くて一緒になったんだと聞いた。
「今の時代と違って、昔は親が決めていたのや」 親父の話になると、おふくろは顔の表情に陰りを浮かべる。
「なぜ、好きな男と一緒にならなかった」 おふくろの弱々しい声に、苛立ちを覚え、さらに問いつめた。
「おまえが、もっと大きくなったらわかってくることや」 そう言っておふくろは、縫い物を続けながら、ぽつりぽつりと話した。
「おかあちゃん、頭が悪いからあかんけど、おまえはかしこい人間になるんやで」 おふくろが可哀想に思えてくる。俺が大きくなって、この家を飛び出してしまったら、おふくろが早く死んでしまうのではないか。そんなことが頭の中に浮かんだ。
「中学三年生は、一番大事な時期や。勉強して高校へ行くんや」
「親父が高校へ行ってもいいと言っているのか」
「お父ちゃんに頼んでやるから心配せんでええ……」 声の語尾が揺れていた。
 中学校は全校生が二百名という田舎の小さな学校だった。俺は授業が終わると、運動場で部活をしている友達を尻目に家に帰った。
 前もって親父が切り倒している雑木を、山から持ち帰り鋸で小さく切り薪をつくることと、家に飼っている牛に食べさす牧草を刈ることが日課だった。
 親父は俺が学校から帰ってから、これだけの仕事ができると計算を立てていた。学校からの帰りが遅くても、割当量の仕事をこなさなければ容赦しなかった。
「わしが高等小学校を卒業するときには、野良仕事はむろん、むしろ織りや俵作りは一人前やったもんだ」 と遅く帰った日は必ずと言っていいほど、夕食のときに小言をいわれた。
 俺が親父の言いつけに少しでも渋い顔をしたり、宿題があると言ようものなら、 「手伝いもせんと、飯を食おう思とんのか。バカたれが」 「学校で勉強してきて、また家で勉強するアホウがあるかい。何のために学校へ行っているんじゃ」 そう言って俺に判断をさせなかった。 学校行事のことで、クラスの中で決めごとがあって、ときどき帰りが遅くなることがある。教室を出ると一刻も早く走って帰らなければと気が焦る。
 下駄箱をクラスの者たちが占領し、さっき話し合った内容をはずんだ口調で喋り、ゆっくりした動作でなかなか退こうとしない。俺はいらいらする自分の姿がせつなくなる。 身体を軽く折り、静かに家の敷居をまたごうとすると、 「今、何時や思とんのじゃ。バカたれが。仕事と学校とどっちが大事かまだわからんのか」 土間に親父が立っていた。興奮してくると頭突きをしかねない丸刈り頭、眉間に縦皺を寄せ釣り上がった目、鉛色の分厚い唇。俺は萎縮したまま黙って下を向いた。
「早く牛に藁を食べさせてこい」
 俺の頭を太い硬い指で突いた。指先から勢いが伝わり身体がぐらりと揺れ、ひょろけた。
 いつも親父の顔が険しくなると暴力に怯えた。実際はほとんど殴られることはないのだが、一度やられたことが、なかなか頭の中から消えない。
 中学一年のときに、親父に思い切り殴られたことがある。田植えの時期で大粒な雨が降る中、合羽を着て苗取りをしていたが、首筋から入り込む雨がじわじわと衣服に染み込み肌寒さが襲ってきた。たまらず納屋に入って雨宿りしていると、親父は血相を変えて飛び込んできた。 「この忙しいときに、何を休んでいるんだ!」 そう言ったかと思うと、親父の分厚い固い右手が俺の左頬を打った。顔から首にかけて強い衝撃を受け、頭がくらくらとなり腰が砕け脚の力が抜け、その場に膝から崩れ落ちた。あっという間の出来事だった。 目の前で仁王立ちしている親父を押しのけ、雨の中を苗代に走った。顔が自然と下向き加減になる。胸が締め付けられ、どくどくと涙が湧き出てくる。横殴りの雨が顔一面に降りかかり、頬に伝わっている涙と一緒に口の中に流れ込んだ。
「親父のバカヤロウ!」 俺は苗に向かって何回も怒鳴り、農家に生まれたことを悔やんだ。
 そんな粗暴な親父だから、家では気が滅入った。俺の気持ちが、一番張りができるのは授業中である。友達の中には授業の始まるベルが鳴ると、急に活気を失う者もいた。俺は予習や復習をやっていたから先生に当てられても、答えることができる。首をうなだれる友達を尻目に満足感に浸れるのも、このときである。
 俺は高校生活にあこがれていた。学生服のボタンと学生帽から読み取れる『高』の文字に偉い人間のイメージが漂っている。
 放課後、部活の様子を見るために、立ち寄ってくる高校へ進学した先輩たちは、俺が知らない経済社会の仕組みを知っていたし、高校では色々なタイプの友達ができ中学校では味わえない面白さがあると言った。それに高校を卒業しておいたほうが就職するときに有利だとも言った。
 正月が過ぎ、ぼつぼつ卒業後の進路を決めなければならない時期になってくると、眠れぬ夜が続くようになった。普通高校へ進学したい希望を持っていたが、親父は頑として聞き入れない。 おふくろが俺の気持ちを話してくれたのだが、「百姓に学問はいらん」の一言だった。これが親父の持論なのだ。 真っ暗な部屋の中で、心の中にいっぱい詰め込んでいた親父への暗い思いや哀しい思いが、心の表面に浮かび上がり、なかなか眠れない。そんな日が何日も続いた。
 親父には言えない。言えば、「手伝いを怠けているから、身体が元気し過ぎているのじゃ。もっと手伝いをすれば、身体が疲れて自然と眠ってしまうものじゃ」と怒鳴られるのは、わかりきっている。 寝不足が続くと後頭部がしびれたように重く、身体が気怠かったし飯もまずかった。興味のあった授業も今までの何倍も長く感じ、さっぱり満足感が得られなくなってしまった。 親父の顔色を窺う目は、研ぎ澄まされ、ちょっとした動きも逃がすまいと神経が過敏になる。何日か続くと肩や首が凝りだし、寝る頃には一日の疲れでぐったりとなる。 ところが寝床についても、目は冴え頭には親父の顔が浮かび眠れない。明け方にはうとうととしたが、熟睡には程遠かった。 進路の決まらない苛立ちと、親父への不満が不眠症の原因だと思うと、余計に親父に腹が立ってくる。校医に不眠を訴えると、「余計なことを考えずにいれば、そのうち治りますよ」と慰められた。 校医の指示通り親父のことをなるべく考えず、淡い期待を持って受験勉強に打ち込むことにした。夜更かしが何日も続くと、深い眠りに落ちて寝過ごしてしまうことがある。そんなとき、親父は「早く起きんか!」と、二階の俺が寝ている部屋の木戸を拳で叩き大声で怒鳴る。
 今朝も怒鳴られた。木戸は中からつっかい棒をしているので開かない。怒鳴られた瞬間に掛け布団を払いのけていた。目覚まし時計は七時を指している。五時半にセットをしていたが、無意識にベルを止めてしまっていたらしい。
 階段を下りながら親父が何かぶつぶつ言っている。
「高校へ行きたいといって、夜遅くまで勉強していたのじゃ」 階下からおふくろの声が途切れとぎれに聞こえる。おふくろの心づかいがうれしい。俺は木戸のそばまで行き階下に聞き耳をたてた。
「百姓するもんに、勉強なんか必要ない。なまじっか学問など覚えると、文句ばっかり言って野良仕事をしなくなる」 親父は口癖の言葉を吐き、鉾先をおふくろに向けていた。
「おまえが味方をするから高校へ行きたがるんだ」 かみつくようになじっている。進学のことでひと悶着あると思うと気が重い。 階下に降りると、すでに牛の仕事は終わっていた。俺が寝過ごし手伝いをしなかったときは、親父は必ず朝から機嫌が悪い。俺はできるだけ親父の顔を見ないようにして、素早く支度をし学校へ行った。 親父には百姓じゃなくて、もっと合った仕事があるんじゃないかと思うことがある。想像以上の杓子定規な仕事のやり方と極端なきれい好きである。おまけに堅苦しさは、適当という言葉を知らないのかと思うほどだ。それに呆れるのは他人に見せる笑顔と人当たりの良さである。
 家の中は物が順序よく並べられ、決まった場所に決められた物が置いてある。土間や庭には箒の跡が模様を描いていた。納屋には脱穀機、耕耘機、米選機、米つき機などが使用順序に並べられ、売り物みたいにこぎれいに整備され、土間には藁ゴミひとつ落ちていない。 親父は農作業に少しも手をゆるめない。麦の種を蒔く畝立ても定規で測ったように同じ間隔で並び、形のいい台形に仕上げていた。田圃を見た近所の人々は、「いつもいい仕事をするのう」と道端から声を掛けてくる。そのたびに親父は満足そうにうなずいていた。俺はそんな姿を見るたび腹が立ってくる。 家の中での親父は苦虫をかんだようなしかめっ面なのに、道で会う近所の人には精一杯の笑顔をつくり、声の調子まで愛想良い軽い声を出すのが、俺には理解できないし納得もできない。人当たりの良い親父が、なぜ息子の進学に耳を傾けないのか……。
 俺の進学の願いを聞こうともしなかった親父に、学校から呼び出しがあった。数日前、学校で卒業後の進路について個別懇談があり、俺は担任に「高校に行きたい」と素直に打ち明けていた。そして、親父が反対している状況も話していたのだ。
 放課後、俺は校長室に呼ばれた。部屋の前まで来ると心臓がドキドキとした。ノックをしてから引き戸を開け、入り口で一礼をした後、緊張感が全身を包み案山子のように立っていた。
 校長室は当番で掃除をするときにしか入ったことがない。部屋の隅には俺の家にある白黒テレビの倍くらい大きなカラーテレビが置かれていた。ブラウン管を囲む木製の枠が、テカテカと輝いていた。
 掃除のとき、校長先生はほとんどいなかった。おられるときは執務の邪魔になるからと教頭先生から注意をされ、ゴミを捨てるだけで急ぎ足で校長室から出ていった。 部屋の中央に四人掛けのソファが置かれ校長先生と担任、それに親父がすでに座っていた。外の明るさにならされていた目は室内を薄暗く感じさせた。正面の白く塗られた壁の上段には歴代校長の優越感に浸った顔写真が俺を見下ろしている。 担任が座るように言ったが、足がすくんでしまってなかなか一歩がだせない。ロボットのようなぎこちない歩き方で空いている親父の横に腰を下ろした。俺は尻を半分ソファに掛け、膝の上に両手をそろえた。正面には顔中に深い皺が刻まれた校長先生が座っている。  こんな近くで顔を合わすなんて中学校に入って初めてだと思う。いつも朝礼で眺める距離からしか合わせたことがない。校長先生の視線が俺の顔に向けられたので、急いで視線を膝の上に落とした。  親父は炭坑ズボンに、皺の入った木綿の開襟シャツといった野良仕事をする服装の上に、型くずれしたよれよれのブレザーを羽織っていた。微かに牛舎のアンモニアの臭いが漂った。
 半世紀をほとんど野良仕事に没頭してきた親父の顔は褐色に輝き、額に年月を刻む横皺が何本も走っている。頬から顎に掛けて剃り残した一本の白い髭が黒みかかった肌の上に浮き出ていた。
 首の座りを良くしている広い肩幅と余分な脂肪のない筋肉体質。それに背筋をまっすぐに伸ばし崩さない姿勢が、鍛えられた軍隊生活を窺わせた。少し毛が伸びた丸刈り頭には白いものが目立ち、徐々に面積を広げようとしている。
 校長先生の横には頭髪を七三に分け黒縁眼鏡を掛けた担任の顔が、俺の顔を下から覗き上げ、青いひげ剃り跡を上下に動かしうなずいている。窓ガラスには運動場でクラブ活動に打ち込む生徒の姿が映っていた。
 進学について親父が反対していることを、担任から聞いて校長先生の出馬となったらしいが、なぜ一生徒のために自ら相談に乗ってくれるのかわからない。
 校長先生は親父に対して将来のことを考えて高校は卒業しておくべきだと説いた。
「息子の進路のことで、わざわざ校長先生がおでまししていただかなくても、よかったのに。息子は家の跡取りやさかい、高校は行かさんと、このわしが野良仕事や牛飼いを教えてやるつもりだす」 親父は頭を下げ低姿勢だった。
「跡を取られる息子さんの意見も尊重されたらいかがですか」 校長先生は胸を張り偉い教育者に見える。
「高校なんど行くより、家で米の作り方を覚える方が、息子のためになるんじゃ」
 親父の顔が険しくなり、つばを飛ばし持論を持ち出してきた。
「これからの時代は教育が必要なんです。この中学校だって半数以上の者が進学を希望しています。学問は身を助けることもあります」
 校長先生の視線は、親父の顔を睨みつけていた。
「百姓に学問はいらん。なまじっか知識を覚えると理屈ばかりこねるようになる。それに都会に出てしまって家の跡を継がなくなる」 「これからの農業だって、効率よく収穫を増やそうと思えばいろんな知識が必要ですよ」 担任は満足げに校長先生の言葉にうなずいていた。
「校長は、わしの百姓の仕方が間違っているとでも言うのか!」 横から見る親父の顔が紅潮し、大きく見開いた目の白いところが血走っている。こめかみの血管が青く浮き出ているのがわかる。
「そういうことは言っておりません。これからの時代は学問も学歴も必要だと言っているだけですよ。息子さんの人生に悔いが残らないようにしてあげるのが、親というものじゃないですか」 そう言ってから校長先生はソファに全身の力を抜くように身体を沈め、腕を胸の前で組み口元を固く結んだ。
 親父を盗み見た。頑丈な身体は背筋を伸ばし、苦虫をかんだ顔で校長先生を見据えている。重苦しい空気が校長室に渦巻いた。俺と担任は二人の気迫に押され傍観していた。
「隣町の高校から、わが校にも二名ほど農業科に推薦してほしいと依頼がありましてねえ。どうです。息子さんに行かせてあげたら」 品好く話し掛ける言葉から、俺は校長先生が出馬した真意を悟った。
 親父はため息をつくと、根負けしたように全身の力を抜いて何回もうなずいていた。
 俺は胸の中が熱くなった。頑固な親父が進学を認めてくれたのだと思った。高校へ行けるのなら普通科でなくても異論などあるはずがなかった。
 校長先生はうなずき身体を起こしていた。笑みを浮かべた顔は、うっすらと脂汗がにじんでいる。
「百姓に学歴はいらんのじゃ!」
 親父の厳ついた顔から出た大きな声は、安堵感の漂っていた校長室の空気を一瞬のうちに緊張感が充満する部屋に変えてしまった。 校長先生は憮然とした顔をしていたし、担任は校長先生と親父の顔を何回も見比べ、このあと何か大きな出来事が起こるんではないかと不安げな表情をしていた。 俺の胸は締め付けられ痛くなった。校長先生の顔が滲んで見える。歯を食いしばり涙をこらえた。外面の良い親父が、校長先生の前で大きな声を出すなんて、相当意志が固いことである。そんなに俺を家の中に縛り付けておきたいのか……。 家に帰ってから、親父と口を利かなかった。考えれば考えるほど胸がもやもやして腹が立ってくる。
「お父ちゃんは、頑固な性格だからのう」 学校での出来事を、おふくろに話したら、そう言ったまま、ふさぎ込んでしまった。別におふくろに話したからといっても、何も変わらないことはわかっている。だれかに聞いてもらわなければ、俺の気持ちが治まらなかった。 日々の手伝いは辛い。しんどくなってくると親父に対して神経が苛ついてくる。いくら考えたって親父が了解しなければ高校に行けないのはわかっていた。田圃や酪農の収益はすべて農協の口座に入っており、引き出すには親父の印鑑がいる。
「定時制でも、だめかのう」 おふくろに胸の内を話した。早く決めなければ、願書を出す日が迫っている。気は焦るが親父に、直に言うだけの度胸も勇気もない。やはりおふくろを通してしか、親父の耳に入れることはできない。
「お父ちゃんに聞いてみるけど……」
 自信のない小さな声が返ってきた。 学校は、親父が怒鳴ってから静観を決め込んでいる。親父が学校に行った次の日に、担任は「お父さんは頑固な人やなあ」と言ったきり、進学のことは口に出さなくなった。それが俺の不安な気持ちを倍増させた。
「通える範囲に定時制の高校はありますか」 授業が終わった後、廊下で担任に聞いてみた。
「ないこともないけど……行きたい気持ちはわかるが……お父さんはいいと言っているのか」
 苦笑を浮かべた顔を担任はした。親父のことを言われると、それ以上言えない。担任にしても、親父が拒否している以上、どうしようもないといった口振りだった。 親父は相変わらず、苦虫を噛んだ顔で飯を食っている。おふくろの顔を見たが、黙ったまま箸を動かしていた。数日前、おふくろは俺の気持ちを伝えてくれたが、親父は聞くだけで何も言わなかったと、すまなそうな顔で聞かされた。
 親父はいっこうに進学のことについて口に出さない。俺は本当に親父の子どもなのか……大人になったら親父を捨ててやる。おふくろだけしか面倒を見てやらないぞ……そんな言葉が頭の中を占領した。
 高校に行けなければ、中学校を卒業したら家を飛び出してやろうかとも思ったが、家を出たからといって、十五歳の子どもを雇ってくれる会社があるのか不安だし、食べていけるだろうかと考えると、意志が鈍り胸の内がもやもやしてくる。  親父中心の陰気な家庭では、進学について話せる雰囲気ではなかった。そんな家庭になったのは、すべて親父のせいだけではない。親父の厳格一徹な性格に、何ら抵抗もせずに、親父の言われるまま動いてきた、おふくろや俺にも一端の責任がある。しかし、一家の中心の親父が明るい家庭を作ろうとする性格ではなく、そのことが家庭に深く影響をしていることは確かだ。
 おふくろや俺は、間違いなく親父に養われているのであり、俺たちが親父をどう思おうと、親父は結果的には家族を食わし、責任を果たしてきたことになる。 だから中学生の身分で労働搾取をされたと言っても、大人たちは、俺のわがままとしか聞かないだろう。
 親父というものは古くて堅くて、床の間の前にどっしりと座っている方が、頼りがいがあるのだが、今の親父は俺の進学を邪魔している物体でしかない。
 親父の了解なしでは高校には行けないし、授業料も払えない。担任に、親父の説得をもう一度校長先生に頼んでほしいと申し出たが、「これ以上、校長先生に恥をかかす気か!」と叱られてしまった。 毎日、気がいらいらして授業を受けていても、勉強に集中できなかったし、家の手伝いにも身が入らない。 考え抜いたすえ、手紙を書くことにした。親父の前にでれば、気持ちが委縮してしまって、十分の一も喋られない。おふくろや学校も、親父に対して頼りになるとは思えない。手紙であれば俺の意志が確実に言える。ただし親父が読めばの話であるが、それでもしないよりは、行動に移した方がましだし、毎日顔を合わせているんだから、渡すチャンスくらい、いくらでもある。そう考えると俺の気持ちは和らいだ。 親父へ この手紙を書く気になったのは、高校へ進学がしたいからです。毎日顔を合わせているんだから、直接言えば、こんな手間の掛かることをしなくてもいいのですが、俺の気持ちを十分伝えるには手紙しかないと思い書くことにしました。 学校へ行っても、友達の間では進学の話ばかりです。俺は友達の中へ入っていくことができません。親父が校長室で怒鳴ったことを思い出すたびに、気が落ち込むばかりです。
 もう一度考え直してください。高校へ行かせてもらえるなら、農業科でもかまいません。どうしてもだめなら、定時制でもかまいません。家の手伝いも、今以上にがんばります。 大きくなったら家の跡を継いで農業をするし、親父やおふくろの面倒も見ていくつもりです。どうか高校へ行かせてください。 手紙を何回も読み返した。親父の機嫌を損ねないために、何時間も掛け、考え抜いた内容である。手伝いを今以上頑張ると書いたが、実際不可能に近いことはわかっていた。校長が言っていた農業科は隣町だし、定時制はもっと遠くにしかない。 跡を継いで親父の面倒を見るかどうかは、大人になってみなければわからないが、ひとり息子であることを考えると、年老いた両親の世話は宿命のようにも思える。親父がどう返事してくるのかわからないが、それでも最高の言葉を並べたつもりだった。
 手紙をどのようにして渡すのか迷った。親父に怒鳴られ、中学一年のときのように、怒りを爆発させて、どつかれるのではないかと思うと恐ろしさを覚える。手紙を親父に見せるのを止めてしまおうかと思ったが、それでは意志が通じなくなるし、別な方法も考えつかない。
 おふくろに頼んだが、「おまえが直に渡せ。その方がいい。おかあちゃんからだと、余計に怒り出すかも知れん」そう言って受け取らなかった。 俺はできるだけ早く学校から帰り、家の手伝いをすることにした。親父の機嫌を取ることもあったし、素直な良い息子という印象を植え付けるためだ。 夕食のとき、黙々と飯を口の中に押し込んでいる親父に向かって、何回か手紙を差し出そうとしたが、行動に移ろうとした瞬間、鼓動が速くなり、指先が微妙に震えた。それに口の中が乾き唾が粘り、それ以上行動に移せなかった。 親父が簡単に考えを変えるとは、思えなかったが、手紙しか方法がない。うまくいかないのではないかと不安になると意志が鈍る。頼れるのは自分だけなのかと、考えると心の中にぽっかりと穴が空いた感じで、心細さと寂しさが同時に湧き出てくる。それでも進学のことを思い気を取り直した。
 今日こそは渡そうと、夕食時に勇気を振り絞り卓袱台の前に座った。目の前におふくろが飯とみそ汁を置いてくれたが、食欲が湧いてこない。飯に汁を掛けて喉に流し込み早々と食事を終えた。親父は相変わらず苦虫を噛んだ顔で、ゆっくり飯を口に運んでいる。 やっぱり鼓動が速くなる。おふくろはちらっと俺に視線を送ったが、背中を丸めた姿勢で箸を動かしている。俺は尻のポケットに入れておいた手紙を、親父にわからないように取りだし、卓袱台の下に持っていた。手のひらに汗が滲み出ているのがわかる。 俺は親父の顔を盗み見して食事が終わるのを、じっと待っていた。時間がやけに長く感じる。飯を口の中にほうりこむたびに、銀歯が覗いている。
「わしに用があるなら早く言え」 親父の目が俺を睨んだ。俺は気後れしたが、ゆっくり卓袱台の下から手紙を出した。
「読んでほしいんだけど……」
 差し出した指先が、小刻みに震えるのを覚える。親父の目の玉が大きく見開いた。
「何だ」 そう言って、四角に折った手紙を俺の手から取ると、天井から吊されている蛍光灯に、手紙を向けて読み出した。おふくろは箸を卓袱台の上に置き、親父の表情を窺っている。 俺は親父の顔の表情が険しくならないかと、下向き加減になりかけた。心臓はドキンドキンと音を立てている。 親父は手紙から目を離すと、卓袱台の上に無造作に手紙を置き、何事もなかったように茶碗をもって飯を食べだした。
「こんなに行きたがっているんだ。高校にやらしてやったらどうなんだ」 おふくろが親父に懇願する表情で口を挟んだ。
「まだわからんのか。百姓に学歴はいらんのじゃ」 親父の口元から飯粒と一緒に、投げ捨てる声が飛び出した。もはや話し合いの余地はない。 俺の視線は親父の険しい顔から落ちた。もう顔を上げることすらできなかった。
 薄暗い隅の柱時計がカチカチと鳴り、台所の蛇口から水滴の落ちる音がポトンポトンと響いてくる。どこかで犬が吠えている。いつもなら、少しも気にならないが、今は大きく聞こえた。
「半分以上は高校へ進学してるんじゃ。農業科でもいい、やらしてやってくれ。その分、うちが働くから」 おふくろは、腹を決めたのか親父を睨み付けている。濁った赤い目をつり上げ、口は一文字に力強く閉じている。こんな怖い顔のおふくろを見るのは初めてだ。
「学問を覚えりゃ、口ばかり達者になって、野良仕事をしなくなる」
 親父の声が迫る。
「そんなことはねえ、行かしてやってくれ」 おふくろから、一歩も後へは引かない気迫を感じた。
「半人前が、何言うとる」
「今までは、お父ちゃんの言うことを聞いてきたが、今度ばかりは、そうはいかねえ」
「一丁前なことを言うな」
「子どもの将来が、かかっているんじゃ……後へは引けねえ」 おふくろの目に涙が浮き、顔が紅潮している。俺は両親のやりとりをはらはらして聞いていた。親父が腹を立てて、手を出さないか心配だった。 親父は不意に、苦笑を浮かべて、 「チェッ……勝手にしろ」 と言った。俺はようやく頭を上げた。
「おかあが、そんな怖い顔をして、わしを睨み付けたのは初めてじゃのう」
 そう言ってから、親父は卓袱台に置いてあった手紙に、もう一度目を落とした。親父とおふくろの間に、俺の知らない夫婦の関係というものがあるのを感じた。
「定時制だったら、行かしてやる」 親父はぽつりと言った。俺は一瞬自分の耳を疑った。
「定時制の高校なら行ってもいいんだなあ」 俺は親父の前で正座をして言った。滑稽なくらい体中に力が入って全身が震えた。目の前に褐色に輝いた顎に、白髭が混じった髭が浮き上がって生え、ぼつぼつ老いを感じさせる顔がある。
 親父は大きくうなずいた。同時におふくろの頬がほころんだ。
 俺は立ち上がり親父の前から立ち去ろうとした。気持ちが高揚して、その場にいたたまれない。気持ちを抑えゆっくりと親父の前から離れた。親父に向けた背中の真ん中に、小さい頃からずっと求めていた甘えの心が、ぺったりとくっついているのを感じた。 たとえ定時制であっても高校へ進学させてくれることに、親父へ感謝の気持ちが湧いた。大げさに言えば、親父への愛を感じたといったらいいのだろうか。そんな気持ちを、ひしひしと噛みしめた。



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