(略)
バスタオルを巻いたままソファーに座った。鏡子はテーブルの上に投げ出された幸子からの年賀状を見ながら、ミネラルウォーターを一口飲んだ。
結局、深夜一時過ぎまで住友たちと話し込んでしまった。そのとき、また花のおじさんの話題になり、住友が正月の深夜テレビで観た映画の話を始めた。古いホラー映画で、題名は「オルラックの手」という。ピアニストが事故で両手を失い、移植手術をしたのだが、元の手の持ち主は死刑になった殺人鬼のもので、次々と人を殺していくというものらしい。花のおじさんも花殺しの手がついていて、花の首を落としているんじゃないかというのだ。それはおもしろいという話になって、自分たちは何の手を持っているか言い合うことになった。しばらくみんな考えていたが、誰も言わなかった。
鏡子は意志を持たない手というのを考えた。受動的な、たとえば、宅配便を受け取るときのような……。
鏡子は弘樹が送りつけてきた小包のことを思い出していた。離婚した弘樹のもとに鏡子の服や本、昔のアルバムが、まだ、かなり残っていた。それを小包にして送ってよこした。押し入れや引き出しから見つかるごとに送ってくるので十数回にもなった。手紙も添えられず、次々と送り返してくる。それは、本当に離婚するというのはこういうことなのだという弘樹のメッセージみたいで、事務的な弘樹の行為が鏡子にはこたえた。
小包が送られる数か月前に弘樹から電話がかかってきた。いつものショットバーには、先に弘樹がきていた。別居して一年になろうとしているが、鏡子は弘樹の気配が後ろに感じない日はなかった。
「鏡子、本当に僕のところに戻って来る気はないのか」
何度も繰り返し言ってくれた言葉に、グラスを握ったまま鏡子は動かなかった。 辛抱強く弘樹は待ってくれた。鏡子も夫から兄になったような錯覚で弘樹がいつまでも近くにいてくれるものと思っていた。だが、戻ることとは違った。弘樹との関係がおかしくなったのは、鏡子が寝室を別にしたいと言ったことからだった。弘樹とのセックスが怖かったのだ。セックスがないなんて夫婦じゃない。おかしいよと弘樹は怒ったが、セックスのたびに不正出血があることを言うと何も言わなくなった。
(略)
|