編集後記

 広島県の県立高校校長の自殺を契機として、国旗・国歌の法制化が政治スケジュールに乗った。(本五一号が発行される時点では、あるいは、法律案がとりまとめられ、公表されているかもしれない。本稿3月下旬執筆)
 法制化といっても、実際、法律の言葉に定着させるには、「立法技術」上、若干の問題がある。
 試みに筆者案を提示すると次の条文になる。  
 第1条 国旗の意匠は、白地に赤色の円形を中央に配する。
  2項 円形の大きさは、長辺の何分の何を直径とする。
 第2条 国歌の歌詞は、きみがよはちよにやちよにさざれいしのいわおとなりてこけのむすまでとする。
  2項 国歌の歌曲は、次のとおりとする。
      (楽譜)
 ごらんのとおり、第1条の国旗の規定は、軽々しいのと「円形の大きさは」というレイアウトの規定は、「円形脱毛症」を想起させてマズイなあ。また、赤色といっても、技術の発展した今日、濃度・彩度を確定させる方がおしゃれ。
 国旗はまだしも、国歌の制定規定がむずかしい。「君が代」を充てているので、歌詞の規定は、短くてすむものの、六法全書でこんな規定を見たことがない。(なお、歌詞を「かぎかっこ」でくくるのは、法令表記の決まり事があり、この場合、不可)
 楽曲の規定が一層むずかしい。五線譜は、当然のことながら横長であり、縦書きの法律になじまない。違和感がある。そこで、第2条第2項の代案は、「国歌の歌曲は、常例とされている旋律による。」  ああ、これだと、テンポが定められていない。テンポの和語がわからない。広辞苑では、「譜面に指定された楽曲進行の速さ。速さ。速度」とある。「歌曲の速度」と表現するしかないか。ますます、悩ましい。違和感あるものの五線譜をのせるしかないか。(もし、楽曲を新たに制定するときは、こうするしかない。)
 いっそ「国歌は、君が代とする。」にとどめることとするか。(編曲を許容するには、この方法が適当。)  議論の分かれるのは、「国民との関係」すなわち、規範としての位置づけをどうするかである。
 事の性格上、例えば「学校長は、学校行事を主催するときは、国旗を掲揚し、及び国歌を斉唱させなければならない」といった具体的な行為義務規定やこれに違反した場合の罰則規定が盛り込まれることはなさそうなのだが、法律化、すなわち、国民のルールを盛り込まなければ、政治の決着にならない。これが欠けていれば、校長先生の第二、第三の自殺を予防できない。
 行為規範を規定する場合、TPOのあとに「何々しなければならい」「何々するものとする」「何々する」になる。これが、国旗・国歌法では、むずかしい。
 ・国歌として斉唱しなければならない。
 ・国歌として斉唱するものとする。
 ・国歌として斉唱する。
 ・国歌として斉唱するよう努めなければならない。
 ひとまず、このあたりのうち、どれが国民のコンセンサスなのか。大いに国会で議論してもらいたい。
 珍しいところでは、「年齢の唱え方に関する法律」の「国民は…年齢計算に関する法律の規定により算定した年数…によってこれを言い表すのを常とするように心がけなければならない」がある。数え歳でなく満年齢を「心がける」という、どうしたらいいのか、なんとなくわかる、なんとなく拘束されるような用語が、コンセンサスかもしれない。
 長々しい閑話を休題、五一号。
 骨があるのが売りの小説。骨が柔らかいので読ませる小説。いつものとおり、バラエティーにとんでいます。ルールはもとより、コンセンサスはありません。(壱)  



もどる