編集後記

  

 四月、原稿を携えて編集会議に向かう。初読直後の感想を忘れないうちに伝えたく、一週間前から読み始めるつもりが結局、当日ぎりぎりになった。会場の最寄り駅ホームのベンチに腰かけて読む。三作とも不思議な物語。どういう意図で書かれたのだろう。編集委員の務めとして作者に直接たずねる。予想外の答えに俄然、作品への興味が増す。ああでもない、こうでもないと議論が白熱した。

 えらそうに意見したところで明日は我が身である。この双方向性が謙虚さの保持に一役も二役も買っている。この一年、まったく書いていない。アイデアも浮かばなければ書く気も起こらない。書くより読む方がよっぽど好きだと自認して以来、後者に全振りしている。

 六月、東京に行こうと思い立ち、浅草・木馬亭の浪曲定席をネットで調べる。連れがいれば話は別だが、ひとり旅は明確な目的がないと実現不可能。ちょうど仕事の休みが取れる日にお気に入りの講談師と、一度聞いてみたいと思っていた浪曲師が出演とある。めったにない組み合わせ。これで決まった。

 東京に日帰りはおそらく人生初。交通費を浮かそうと金券ショップで新幹線の自由席を購入。出発の朝、阪急電車の混雑ぶりに度肝を抜かれる。早朝五時台でこれか。平日の朝をなめていた。新幹線も座れないかと覚悟したが、新大阪始発、のぞみ自由席は拍子抜けするほど空いていた。車窓から富士山を完全に見えなくなるまで追い続けた後、流れてきた車内アナウンスに眠気が吹き飛ぶ。混雑緩和のため、次の横浜駅からは自由席の切符で指定席に座れるという。JRも粋な計らいをする。横浜―東京間を新幹線で通勤する人がそれだけ多いということか。自分のいる車両はまだ若干の空席あり。

 朝九時に東京駅着。木馬亭の開演まで三時間以上ある。時間つぶしに神保町へ。リニューアルオープンした三省堂書店の前で十時の開店を待つ。中はさほど広くない。高い所にある古書コーナーから店内を一望する。向かい側の洋書コーナーも同じ造り。この数段の階段が上がれない人もいるだろう。二階、三階も巡る。棚ごとの案内表示が本の形をしている。触ると動いて少し焦った。近所の古書店をのぞき、メトロで浅草へ。

 目当ての浪曲師は熊本への地元愛あふれる圧巻の語り。これほど全身全霊を傾けられる何かが自分にあるだろうかと考えずにはいられない。帰り十七時台ののぞみも余裕で座れたが、品川駅で満席に。月曜からリフレッシュできたせいか、翌日以降の仕事が捗る。ついでに書く意欲も湧いてくればよかったが。 

(結)