編集後記

 四月の半ば、私は熊野街道に面した藤棚の下に腰かけ 式典が始まるのを待っていた。駅からの道は日傘がいる 暑さだったが、藤棚の日陰は心地よい空気が漂っている。

  私の頭上の藤棚はまだ若い。蔓が絡み合って幹になっ た樹皮も華奢で瑞々しい。私は奥に設えられた木の椅子 に掛けていた。涼み台のようなつくりで街道が見通せた。 ここに住まう人たちの息抜や交流の場になっているだろ うことは想像できた。二十人ほどの集まりはちんまりし た印象で、声高なやり取りはない。幼児を抱いた家族連 れ、一人での参加者、年齢もまちまちだった。 「あ、ハチや」私の前列のパイプ椅子に掛けた男の子が 見上げて声を潜める。 「あれはおとなしいやつや。クマバチいうんや。わしら のとこまで降りてこん」隣に座る祖父の年配の人が少年 に体を寄せて答える。私は首をすくめて頭上に目をやっ た。胴が毛羽立ったオレンヂ色のずんぐりむっくりの大 きな蜂が何匹も藤の房でホバリングしている。

  私の住まいは山の中腹を通るJRの線路沿いにある。 越してきて八年になる。ちょっとした買い物は海沿いの 私鉄駅周辺までバスで下らねばならない不便さはあった が、緑の深さと海に沈む夕日の輝きは圧巻であった。仕 事のない日は夕日が落ちる時刻を見計らって急坂を登る のが、私の散歩になった。

  散歩コースを変えたのは、二年ほどして、小型の保護 犬を引き取ってからだ。高齢犬なので坂道は負担が大き い。県道を渡って溜池を一周する平坦なルートに変更し た。小学校の運動場くらいはありそうな溜池には側溝か ら絶えず水が流れ込む。稚魚が飼われていて、暮れには 水が抜かれ魚は回収される。春になると半日で水は満た され、放たれた稚魚を目当てに鳥たちが帰ってくる。カ イツブリが浮巣をつくる。ヒナが泳ぎはじめる。私と犬 は、季節が巡るのを体感しながら毎日、朝夕歩いた。し かしこの土地を踏んでいる実感はおきなかった。 図書館に行ってみた。私の住む阪南市と地続きの泉南 市を含めた資料を読み、泉南市が戦前戦後を通じて「石 綿紡績業」の中心地であることを知った。二〇〇五年の 尼崎「クボタショック」の報道は記憶にあった。ところ がそれ以前に百年もの間野放しにされる被害があったの だ。犬連れで眺めていた農地は、石綿工場が点在する 「いしわた村」と蔑視される地域だった。モノクローム の風景に思いもよらない方向から色彩が加えられた。 私は今、藤棚の下にいる。「泉南アスベストの会」の 人が中心の年一回の会らしい。交流会にも参加をするこ とにした。昼食のお弁当も注文済みだ。     (朔)