「角打ち」が、十年ぶりに改定される広辞苑に新たに記
載される。検索数が圧倒的に多かったのがその理由だそ
うだ。深夜のテレビニュースで私にそれを伝えたアナ
ウンサーは、立ち飲み屋のことだと教えてくれた。北九
州に多いとも。
三十年ほどまえ、私とつれあいは、筑後地方で暮らし
ていた。「角打ち」が安価な立ち飲み屋だとは知ってい
た。私たちの知人に、待ち合せ時間にいつも遅れてくる
男がいて、一緒に待たされている友人が「あんひとは、
また角打ちに寄ってから来るとやろ」と舌打ちする。す
ると遅れた知人は悪びれるでもなく、ご機嫌でやってく
る。そんなことが何度かあったからだ。けれど「なんで
角打ちっていうの? 語源は?」という私の質問は、い
つも誰にも相手にされなかった。
仕方がないから私は勝手に考えた。隣り合った客どう
し、酒の香りにほぐされた心持で、なみなみと注がれた
酒が升から零れないよう用心しながら、互いの升の角を
あわせる。芳醇な香りがしめったかすかな音になる。そ
れが角打ちだ。
広辞苑に載る「角打ち」とわたしの「角打ち」は違う
かもしれないが、それはちっともかまわないことである。
(S)